5号館を出て

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雪はありません

 昨夜は、冷たい雨に台風並みの強風が吹き荒れていて、自転車の私は大変な目にあいました。

 とは言え、私はただ濡れ鼠になっただけですが、札幌のすぐ近くに石狩湾新港では貨物船が防波堤に激突し、船体が3つに折れ6人の方がなくなる大事故が起こっていました。

 今朝は、たくさんのヘリコプターが千歳空港からも飛んできて、自宅の上空を通って石狩方面へ向かっておりましたが、たいへんだったようです。

 昨夜の予想では、雨は雪の嵐となり、朝には一面の銀世界になっているという雰囲気だったので、今朝は明るい光が漏れているカーテンを開ける時には、ちょと期待をしてしまいましたが、外は太陽が照りつけていたものの、雪のかけらもありませんでした。気温も、思ったほど低くはありませんでした。なんだか、肩すかしを食らった感じです。

 今年は、本当に天気の変化が荒っぽい気がします。

 荒っぽいと言えば、国会の党首討論での某氏の発言については、しばらくは書く気分になれないほど落ち込んだ気分にさせられたいました。

 サマワを非戦闘地域と断言した根拠は何かと問われたことへの答が「戦闘が行われていない。だからこそ非戦闘地域だ」でした。

 これは、「非」という接頭語の使い方を習ったばかりの中学生(小学生?)の答としては許されるかもしれませんが、高校生以上だと不可か、お情けで鉛筆代として10点満点中の1点くらいをやろうというレベルの答です。

 法人化された大学では、経営の圧迫源であるとして全国的に非常勤講師を削減しようという動きがあるようです。これまで大学教育の中で大きな貢献をしてきた非常勤講師の方々を経済原則だけで切り捨ててよいはずはなく、そんな時に「では、大学にとって非常勤講師とは何なのですが」と質問した時に、「非常勤講師とは、常勤ではない講師のことです」と学長などが答えたとしたら、どうでしょう。

 その瞬間に、その人の学問する人としての権威は失墜します。つまり、彼はその時に研究者として死を迎えるのです。我々、研究者の置かれているのはそのくらいの厳しさのある場所であり、自己点検とか自己評価とか第三者評価とか言われるまでもなく、長い時間をかけてそのような緊張感のある環境が築かれてきたのです。

 その大学を含めた組織の運営に責任を持っている政府の最高責任者が、すべてを台無しにするような発言を繰り返していることは、日本全体に対する侮蔑であり政府というものに対する責任放棄です。あの瞬間に、政治家生命が失われなかったことに対しては、日本国民全体が責任を持たなければならないと感じました。脱力していて済む話ではありません。

 なぜかと考えてみると、どうも首相にも任期があるということがこの無責任の原因のひとつであるような気がしてきました。大臣なども、どうせ改造までの半年か1年しかその任にいないんだし、首相にしてもいくら長くても残り2年くらいということになると、「旅の恥はかき捨て」みたいな粗雑な言動が、彼らの口から次から次へと出てくるのもわかるような気がします。

 そう考えると、今大学の現場などで任期制こそが教員や研究者の質を維持するための切り札の一つなどと言われて推進されていることについても、冷静に考え直して見た方が良い気がしてきました。

 再任が期待できない任期制ほど、人間のモラルと品性をダメにするものがないということを首相自らが実例になって示してくれたという、ポジティブ(?)な評価も可能かなというのが、この件に関する精一杯のサービス・コメントです。
# by stochinai | 2004-11-13 17:47 | つぶやき | Comments(0)

夜半から雪

 暖かかった数日を過ぎて、今日の昼過ぎから急激に気温が下がり始めました。夜半過ぎからは雪の予報が出ています。明日の朝には、この秋2度目の銀世界になっているかもしれません。

 さすがにこの週末は、庭の木々の冬支度をしてやらなければならないでしょう。

 日曜日が晴れてくれると理想的なんですが、どうなりますか。

 黄葉をゆっくりと楽しむ間もあらばこそ、北大のイチョウはすっかり葉を落としてしまいました。

 今年の秋の北大キャンパスはなんとなく明るいと思っていたら、台風のせいででかなり木が減ってしまっていたことを思い出しました。

 北海道のような北国では、冬になると日照時間が短くなるために「冬季鬱病」と呼ばれる症状になる人がいるそうです。

 そういう人には、明るくなった北大キャンパスで、太陽を浴びながらゆったりと散歩でもしてもらいたいと思います。

 人間というものは、日照時間が短くなったり、過労になったり、寒かったり、お腹が空いたりしただけで、鬱になってしまうデリケートな存在です。

 脳というものが発達しすぎて、外界からの働きかけに過剰に反応するようになったしまったせいなのかもしれません。

 そんな弱い存在である人間を、お互いにいたわりながら助け合う社会を作らなければならないと思いますが、相変わらずまわりでは「競争」があらゆる問題を解決する「魔法の合い言葉」であるかのごとくに突き進もうという勇ましいかけ声で満ちあふれています。本気でそう思っているのでしょうか。それとも、条件反射のように、大脳を経由しないで反射的に反応しているだけなのでしょうか。

 もう景気を回復させようなどと言う寝ぼけた夢から覚めて、のんびり生きてみませんか?
# by stochinai | 2004-11-12 17:48 | つぶやき | Comments(0)

都教委の逆襲?

 東京都教育委員会と言えば、先日皇居で開かれた園遊会で失言をして、赤恥をかいた将棋差しがいるところではなかったでしょうか。

 そこが、なんともまたアナクロな政策を打ち出しました。

 朝日コムでは、都立高校「奉仕」必修へ 東京都教委が07年度にと出ておりますし、毎日にも都立高:奉仕活動を必修科目に 07年度から導入へと出ています。

 都立校では昨年度から、毎年11月に「ボランティアの日」を設け、うち15校で「ボランティア活動」を選択科目として単位認定しているそうなのですが、それに参加する生徒が少ないために、また国旗国歌のように「強制的に」やらせようということになったのかもしれません。

 しかも、こんどは「ボランティア」ではなく「奉仕」です。辞書によればボランティアは「自ら進んで社会事業などに無償で参加する人」を意味しますが、「奉仕」は「献身的に国家・社会のためにつくすこと」となっています。前者は、自ら進んで行うものですが、後者は献身的につくさせることが主眼で強制的に奉仕させるということもあり得ます。

 今回、都立高校に導入される「奉仕」は必修科目になる方針だそうですから、有無を言わせず国家・社会に貢献させようという意志が見えてきます。

 いったい、なんなんでしょう。

 将棋差しがチョンボをして、都知事が弁解して恥ずかしかったので、逆襲に出たようにも思えます。

 だいたい、高校で奉仕活動を必修させようということは、何を意味しているのでしょう。記事によると「1単位(年35時間)で、うち10時間程度は座学。残りは福祉施設での生活支援、地域行事や児童、園児の野外活動の手伝い、森林の維持管理、河川、公園の清掃などを予定している」とのことです。

 中味としては戦時中のような軍需工場での生産活動などの手伝いのような、悪いことをするのではなさそうですが、たとえ良いことでも高校生という大人に手の届きそうな若者達を単位でしばって強制するということはどういうことなのでしょう。

 小学生に町内の掃除をさせるというようなことなら、多少の強制も教育としてあり得るかなとも思うのですが、自分でものを考えることができるようになっていなければならない高校生に奉仕活動を必修させなければならないとは、いやはやなんとも幼稚な(もちろん教育委員会が幼稚なので、高校生は幼稚かどうかは知りません)自治体と言わざるを得ません。
# by stochinai | 2004-11-11 17:48 | 教育 | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai