5号館を出て

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 臓器移植の成功を支配する「組織適合抗原」と呼ばれるタンパク質はその数が複数あり、しかも遺伝子の種類がたくさんあります。ABO血液型も組織適合抗原のひとつですが、遺伝子は1つでその種類も3つしかありませんので、ABO血液型はヒトによってA(AA、AO)、B(BB、BO)、AB(AB)、O(OO)の4種類の型しかありません。カッコ内は持っている遺伝子の型で、同じA型の血液を持つヒトでも遺伝子の組み合わせは2種類あるのです。

 しかし、ヒトの臓器移植に関連するHLAと呼ばれる主要な組織適合抗原遺伝子は、大きく分けてHLA-A、B、C、DR、DQ、DPの6種類があり、それぞれにたくさんの種類の遺伝子があります。仮にそれぞれの遺伝子に10種類の型があるとしたらどうでしょう。HLAの場合は、ABO血液型と違って遺伝子の型が違うと移植の適合性が違ってきますので、1人のヒトは10種類の遺伝子を持てる可能性があります。

 遺伝子は親から子へ受け渡されますので、実際にはランダムということはないのですが、もしもヒトがランダムにHLA遺伝子を持っているとすると、その組み合わせは10の10乗通り(つまり100億)の種類があることになります。

 すべてのHLAが一致することはほとんど期待できないということがわかると思いますが、多少の違いがあっても今は免疫抑制剤というものがありますので、10万人に1人くらい移植可能な組み合わせの相手がいると言われています。

 そのくらい移植可能な相手を見つけることは難しいのですが、唯一の例外が一卵性双生児のケースです。一卵性双生児は、お互いが持っているすべての遺伝子が同じですから、HLAも100%一致しており基本的には免疫抑制剤なしにあらゆる臓器の移植が成功するはずです。理論的にはそうであっても、一卵性双生児間の移植手術が、それほどたくさん行われているとも聞きません。今回は、一卵性双生児間の移植というだけではなく、移植された卵巣で赤ちゃんができたというニュースです。

 朝日では「米国で不妊治療として一卵性双生児の姉妹間で卵巣移植を受けた25歳の女性が自然に妊娠、今月健康な女児を出産したことが分かった」と報道されています。CNN/APによると、「卵巣移植の手術を受けたアラバマ州在住の女性(25)が6日夜、女児を無事出産した。卵巣移植後の出産は米国では初めて」、しかも「女性は2004年4月、一卵性双生児の姉から卵巣組織の一部の移植手術を受け、術後5カ月で妊娠した 」そうです。

 朝日によると「卵巣移植による出産例では、自分の卵巣をがん治療前に凍結保存していたベルギーの女性が、治療後に移植し、昨年9月に女児を出産したケースが報告されている」とのことで、こちらのケースは自分の臓器を自分に移植していますが、今度の一卵性双生児間の移植も生物学的に見ると自分の臓器を自分に移植するのと変わらないことになります。

 こういう成功の話を聞くといつも考えてしまうのがクローン人間です。クローン人間は一卵性双生児と同じ存在ですので、免疫抑制剤なしにあらゆる臓器の移植が可能になります。深い欲望を持つ人間が、自分の命を救うためなら臓器提供用のクローン人間を作ろうという気持ちになってもそれほど不思議ではありませんが、多くの人は反対だと思います。

 しかし、クローン人間ではなくクローン臓器ならいいかもしれないということで、今世界ではES細胞から移植医療に使える臓器を作る研究が盛んに行われています。自分の細胞核を持ったES細胞からできた臓器がクローン臓器です。まあ、臓器ならヒトを殺してその臓器を自分に移植するわけではないからいいのでは、と思われるかも知れませんがES細胞をつくるためには、最初にクローン人間に育つ可能性のあるクローン胚を作る必要があるのです。

 胚がクローン人間になる前に壊してしまえば、クローン人間を殺したことにはならないという論理がありますが、胚はいつから、人間になるのか考えてみましょう。とても、難しい質問だと思います。この件については、患者・医者・科学者だけではなく、人類全体の問題として全員がかかわって議論を深める必要があると思います。
# by stochinai | 2005-06-10 21:39 | 生物学 | Comments(7)

謎の生物?

 毎年、梅雨の季節になると「怪しげな生物が出た」と話題になる生き物がいます。昨日、私のところにTさんという方から、写真付きのメールが舞い込みました。(写真は東京町田に住むTさんが自宅の庭で撮影したものだそうです。)
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 右側が頭で、拡大するとイカの耳のようにも見えます。
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 普段は目に付くところにいる生き物ではないので、たまに遭遇すると私でもドキっとすることがあります。今の時期だと、石や植木鉢をひっくり返すと案外見つかるかもしれません。

 この動物の正体はコウガイビル(これはおそらくクロコウガイビル)という生き物で、再生力が強いことで有名な(と言っても実は見たことのない人が多い)プラナリアに近い扁形動物と呼ばれるグループの動物です。

 コウガイというのは広辞苑によると、髪掻(カミガキ)の音便変化したものだそうで、頭を掻いたり、髪をかき上げたり、かんざしのように髪に挿したりするものがそのように呼ばれていたそうで、形が似ているということなのでしょう。古くから認識されていた由緒正しい動物なのです。またヒルと言っても、もちろんヒルの仲間ではありませんから血を吸ったりはしないのですが、肉食動物なのでカタツムリやナメクジ、ミミズを食べるので、食事中の姿をみ見るとショックを受けるかもしれません。

 数年前にはロンドンの街中で宇宙からの生物が発見されたということで「新聞」記事になったという話もあったような気がします。意外と身近にすんでいながら、めったに人と遭遇することのない動物の代表のようなものだと思います。

 コウガイビル、名前くらいは覚えてやってください。
# by stochinai | 2005-06-10 20:31 | 生物学 | Comments(0)
 昨日のレッサーパンダ関連記事のエントリーの後、動物園というものは科学コミュニケーションの実践の場として優れたものなのではないかと、考え始めました。

 バッシングされた旭山動物園の副園長さんは、「動物園は見せ物じゃない」とおっしゃってますが、彼に寄せられた非難の中に「所詮、動物園なんて見せ物じゃないか」というものがあったと言います。

 欧米ではしばらく前から動物園は動物を展示する場ではなく、絶滅しつつある種を保存する仕事をするところであるという認識が出来上がっていると聞きます。

 種の保存のためには、できれば自然に繁殖をさせるのが良いのですが、場合によっては人工的な手段での繁殖も必要になります。いずれにしても、前者ならば動物が落ち着いて心地よく繁殖できる環境を整えてやるための生態学や動物行動学の研究が必要になります。後者の場合であるならば動物の生殖生物学の研究をしなければなりません。

 さらに、動物園は教育の場です。これに関しては、日本でも小中学生には動物の多様性や自然環境の大切さを学ぶ場として、認識されているところだと思います。

 今回のレッサーパンダ騒ぎの中で、日本の動物園は、エンターテインメントが占める割合が大きいと感じさせられました。

 もちろん欧米の動物園も観客に動物を見せるということはやっています。見ることを楽しみに来ている人が大多数であるという点においては、日本も外国も違わないと思います。

 そして、日欧を問わず動物園の裏方の現場で働いている方々は多かれ少なかれ見せ物というよりは、動物の保護や教育・研究、そして希少種の繁殖などが自分たちの仕事であると考えておられるように思えるのです。それは、また旭山動物園で恐縮ですがホームページの「園長室」にある園長さんの書いた文章を読むと良くわかります。昨日取り上げた副園長さんの考えも同じだと思います。

 旭山動物園では、この園長さん副園長さんそして多くの職員がそうした使命感を持った上で、一般の人から見たら「非常におもしろい」さまざまな展示法が開発されました。

 おもしろいのだから見せ物である、という思考は短絡的だと思います。旭山動物園の場合は確かにおもしろいという結果にはなっていますが、それは動物たちの行動や生態を調べ上げて、動物たちがリラックスし、ストレスを感じることなくみずから進んで行動してくれるところを見せることができていることが成功の大きな要因だと思います。

 動物を科学的に調べた上で、彼らの行動を見せることは科学的であり、教育的であり、さらに動物愛護的なのだという良いことずくめの結果を導き出すことができたのは、旭山動物園が短絡的なエンターテインメントではなく、科学を理解した上でのエンターテインメントを目指して得られた結果だったと思います。

 ではなぜ昨日書いたようなバッシングが起こってしまったのでしょう。(ここからは、ちょっと飛躍があるかもしれませんが、)その理由のひとつが科学者と一般市民の間の横たわるコミュニケーション不全があると感じます。

 動物園というすばらしい研究・教育そして娯楽機関があります。そこで、働いている人は自分たちは科学的あるいは教育的なプロフェッショナルであると考えている人が多いようですが、市民からみるとただの飼育人くらいにしか思えていないのかもしれません。

 そのギャップを埋めることができれば、動物園という存在自体が生まれ変われそうな予感がします。今、立ち上がろうとしている科学コミュニケーター養成ユニットでは、そんなことについての検討や実践ができるかもしれないと、始まる前からの皮算用を初めてみました。

 ご意見をお聞かせください。
# by stochinai | 2005-06-09 16:09 | 教育 | Comments(7)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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