5号館を出て

shinka3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

初霜を前に

 体育の日の今日は、前から気になっていた伸び放題の藤の枝を剪定しました。春から伸びるに任せていた藤の蔓は、ベランダの柵を覆い尽くし、テレビのアンテナに手を伸ばし、あちこちの軒下から軒の屋根裏の隙間に細い枝を差し込んでいます。差し込まれた枝は、光のない屋根裏の中でも意外なほど伸びて、枝分かれもしています。植物には光が必要とはいうものの、つながっている他の部位から栄養が供給され続ける限り、光のないところへも枝を伸ばせるとは恐るべしです。

 やったことと言えば、あちこちの枝を切ってはからみついている蔓を引っ張って引きずり落とすことの繰り返しなのです。たった一夏でこんなに伸びてしまう藤のパワーに、もしも数年ほったらかしておいたら間違いなく家は藤に覆い尽くされてしまう恐れを実感しました。

 ディズニーの眠れる森の美女など、子供の頃に見た西洋のお話の映画や絵本に良く出ていたツタで被われたお城の塔の情景などを思い出しながら作業を進めていましたが、子ども心にも「所詮はおとぎ話だから」などと思っていたことが、意外と誇張ではないのだと思えてきました。

 蔓植物のパワーはすごいものです。そう言えば、2年前に植えたノウゼンカズラの苗が、からみついた2メートル半ほどの高さのイチイ(北海道ではオンコと呼びます)木の背丈を越えて、木の先端の上に葉を伸ばしているのを発見したのもこの夏です。あと数年したら、イチイの木なのかノウゼンカズラの支えなのかわからなくなってしまうかもしれません。私の目論見として、ノウゼンカズラの花をいっぱいに付けたイチイの木というのもなかなか良い光景になるのではないかという期待もあるのですが、イチイの木にとっては迷惑な話に違いありません。

 もうひとつやったことは、生ゴミ処理のための堆肥作成コンポスターの移動です。夏の間は家の裏にあったのですが、雪が積もってくるとそこに行くのは容易ではなくなりますので、玄関からそう遠くない場所に持ってきました。

 コンポスターというのはバケツをひっくり返して開いた口を土に埋め、上になった底の部分に蓋があって開閉できるような構造のものです。上の蓋から生ゴミと土を交互に投入してサンドウィッチ状にして、生ゴミの分解を促進します。コンポスターを移動する時には中身をその場に残すようにすっぽりと上に引き抜くだけなので、とても簡単です。今年の夏は、暑くて有機物の分解が良く進んだことと、生ゴミを入れた時には比較的多めの土を投入するという「技術」が上達したこともあり、引き抜いてできた「ケーキ」は、思わず笑みがこぼれるほどの良い堆肥となっておりました。

 最近は、最低気温が軽く10℃を切るようになっていますので、外ではゴミの分解はあまり進まなくなっております。もちろん雪が降るようになって、一日中ほとんど零下という真冬になると、分解どころか冷凍保存状態になってしまいますので、生ゴミ処理というよりは生ゴミを春まで保存する設備になってしまうのですが、廃棄物として焼却するよりははるかにエコなことだと信じてやっています。

 もう少し(3-4週間)すると、外で冬越しできない植物の鉢を室内に取り込まなければならなくなります。そうなると、札幌もいよいよ雪の季節になります。

 追い立てられるのではなく、初雪を待つようなゆったりとした心を持った生活を送るために、この庭仕事というものがとても重要な意味を持つような気がしています。
# by stochinai | 2005-10-10 23:59 | 趣味 | Comments(0)

札幌へ戻りました

 鬱々とした空の下を雨がそぼ降るむしむしした東京を後に、札幌へ戻ってきました。千歳空港は秋晴れでからりとした空気がおいしい天国でした。
c0025115_15385675.jpg

 やっぱり北海道はいいなあ、と思う瞬間です。

 飛行機はジャンボ機だったのですが、修学旅行の中学生で満杯。飛び上がるといっては大騒ぎ、揺れたといっては大騒ぎ、着いたといってはまた大騒ぎ。茶髪やピアスもいるのですが、集団で行動している時にはただの中学生でした。

 それにしても、今時の修学旅行は飛行機が普通なんでしょうね。せっかくの修学旅行ですし、東北地方からこちらは窓から見える景色もなかなかの教材になると思うのに、なんだかただ移動のためだけに飛行機を使うのはほんとうにもったいないと思いました。

 離着陸の時には、外の景色をモニターに映写してくれることができるのですから、航空会社も飛んでいる間に地理や地学の学習のために、下界を写すというようなサービスくらいしてもいいのではないかと思いました。特に他のお客さんの邪魔になるわけでもないですし、多チャンネルの放送があるのですから、そのうち一つを修学旅行チャンネルにするくらいのことを考える人はいないのでしょうか。

 写真は盛岡あたりでしょうか、内陸の広い平野は黄金色に染まった水田が一面にひろがっています。社会科です。
c0025115_15483297.jpg

 少しすると十和田湖も見えてきます。上空から見るとカルデラがはっきりとわかります。地学です。
c0025115_15514366.jpg

 せっかくの景観と貴重な1時間ちょっとの時間をさしたる感動もなしに、移動のためだけに使ってしまう修学旅行って、ほんとうに修学になっているんでしょうか。お金だって、これだけの生徒さんを運ぶと何百万円ですよね。

 いろんなことがもったいないなあと思ったので、せめて私だけでもと、いろいろと学んだり感動したりして札幌までの飛行を充実した時間にしたのでした。
# by stochinai | 2005-10-09 15:56 | 札幌・北海道 | Comments(1)

学会終了

 3日間の予定がすべて終了しました。

 3日目の今日は、学会員のポスター発表が行われている会場の廊下で高校生のポスター発表もありました。学会員の発表するポスター会場の外の廊下でやられていたのですが、どのポスターにも学会員の発表に負けないくらいの「観客」が集まっていました。

 高校生の発表は、(我々専門家の発表と同じく^^)玉石混淆なのですが、素晴らしいものは下手をすると専門家の学会発表に紛れ込んでいてもわからないのではないかと思われるような高いレベルのものもありました。彼らの研究に負けてしまっているようなポスターを出してしまった「専門家」は大いに反省しなければならないことは言うまでもないのですが、物理や数学の学会だとしたら、まさかそんなことにはならないでしょうから、これは生物学の特殊性なのだろうと改めて思います。

 良いとか悪いとかの問題ではなく、生物学というものが持つこのアマチュアとの敷居の低さは、教育とかアウトリーチとかを考える時にはしっかりと把握しておく必要のあることです。

 ポスター発表は、見る方が自分の好きなペースで流し読みしたり、じっくりと読み込んだりすることができるので、私は好きです。学会期間中は夜の懇親会も盛んに行われるために、どうしても睡眠不足になっているため、暗くした会場でメリハリのない講演を聴かされるとどうしても睡魔に負けてしまいがちですが、さすがにポスターを見ながら寝てしまうことなどがないのも利点(?)のひとつです。

 ただ、人気のあるポスターのまわりにはいつも人がたくさん集まっていて、なかなか発表者の方の話を聞くことができないこともあり、それが欠点と言えば言えるかもしれません。逆に、ポスターには明らかに「貼り逃げ」と思われるものもあり、ポスターの前に説明者がいることになっている時間なのに、何度行ってみても人がいないというケースも時々あります。それと、今日は発表中止のポスターがやけに多いのが目につきました。いずれのケースも、マナー違反ですので学会本部からきちんと本人および責任者(指導教員?)に連絡しておくべきでしょう。

 もちろん、うちの研究室の学生のポスターにどんな「お客さん」がどのくらい集まってくれるのかということはやはり気になりますので、会場を回っておもしろそうなポスターをチェックしながら、ついつい自分たちのポスターの様子を何回もチェックしてしまいます。ポスターの前で足を止めて見てくれている人がいたり、学生をつかまえて一所懸命質問してくれていたりする光景を見るとちょっと安心したりするものです。

 今回もうちの学生のポスターの前にはそれなりに「お客さん」が集まってくれていたようです。時間がなくてまだあまりちゃんとした報告は聞いていないのですが、彼らに報告レポートを書いてもらうのも学会参加の大切なパートですので、楽しみにしています。

 今回の学会での収穫に一つは、O阪市大を早々に引退して自宅で生物学研究を続けておられるDさんが、またまた新しい生物学の切り口を提案してくれたことです。彼女は日本の発生生物学界を育てた日本人の父と同じ発生生物学者の米国人の母の間に生まれた、この業界のサラブレッドとも言える存在なのですが、いつもメジャーな生物学者達が考えもしないようなあるいは見落としているようなことを発掘しては、学会に対して刺激を与えることを「趣味」にしているようなところがあり、私はファンのひとりなのです。

 彼女は引退前のしばらくは「個体発生と系統発生」の再検討に没頭しており、さまざまな動物には「「階層性」というからだの成り立ちの差があり、その階層性の進化的な変化が発生の過程で繰り返されるので、あたかも個体発生が系統発生を繰り返しているようにみえるのだ、といったようなことを主張していて、その考え方にはいろいろと突っ込みを許すような「甘さ」もあったとは思うのですが、基本的な骨組みとして提供してくれたおもしろい考え方は私はとても気に入っていました。

 その彼女が、数年間の学問的沈黙(単に私だけが知らなかっただけなのかもしれませんが)を破って、またまた新しい考え方を提示する考え発表をしてくれました。「細胞行動データベース」というタイトルでいろんな方と、3つのポスターをどーんと出していました。

 細胞の示すさまざま行動を解析して、あらゆる細胞の行動がいくつかの「素過程」の組み合わせから成り立っているという考え方を提案していました。細胞行動の基本要素(素過程)は、「力を出す」「取り込む」「分泌する」「移動する」「接着する」「分泌する」など、せいぜい10種類程度に還元できるというのです。

 私はこの話をはじめて聞いたので、一瞬思考停止状態になってしまってにわかには判断がつかなかったのですが、DさんがDさんらしい新しいことをまた始めてくれたことは理解できて、まずはそれがうれしかったものです。

 この試みがうまくいこうと、あるいはたとえ途中で失敗しようと、我が国の科学の世界にはこうした「大胆な」チャレンジがとても少ないことに危機感を持っている私には、Dさんがまたやってくれたということが大きな喜びでした。

 こういうものに出会うと、「いやあ、やっぱり学会って、いいもんですね~」という感想になります。

追記:
 風の便りに聞くところによれば、札幌でのサイエンスカフェは大成功だったようです。
# by stochinai | 2005-10-08 23:59 | 生物学 | Comments(2)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai