5号館を出て

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 「札幌から ニュースの現場で考えること」に愛媛県警・実名告発した仙波氏の新ポストという記事が載っています。

 マスコミのニュースでも取り上げられていましたが、裏金問題を「告発」した愛媛県警の巡査部長が突然、「鉄道警察隊」から「県警本部地域課通信指令室」に異動命令が出たというのです。

 数日前までは「異動はない」と内示されていたそうですので、誰が考えてもこの異動が告発に関係したものだと思うはずです。逆に、県警がこの告発を真剣に取り上げようと考えているのであるならば、異動しそうな人であっても問題に決着が着くまでは異動を保留するという対応をするのが常識というものでしょう。

 さすがにブログの著者は現役の新聞記者ですから、適切な解説をしてくれています。「通常、通信指令室主任は警部補ポストである。従って、通常なら仙波氏はこのポストに居る間に巡査部長から1階級昇進しても不思議ではない。逆に言えばそういう「昇進」をエサに」巡査部長がこれ以上発言をエスカレートさせるのを阻止しようとしているのか、あるいは裏金作りに協力してこなかったために、これまで昇進がなかったということはないというアリバイ作りのように思える、というのが記事の前半です。

 私はこのニュースを見聞きした時に、反射的に報復人事が行われたのではないかと思いました。告発した人の心理から考えてみると報復人事と言えないこともないかもしれませんが、事実上は栄転だとすると単純な報復人事と断言することはできなくなります。短絡的な思考を反省しました。

 しかし重要なのはそのことではなく、後半です。マスコミではほとんど全く取り上げられてはいませんが「おそらく、いや、間違いなく、本人には空前の嫌がらせが続いているに違いないと思うからだ」という下りです。私もそうだろうとは推測していましたけれども、マスコミに上がってこない限り知ることのできない、一般のニュースよりも遙かに重要な告発の行方です。

 記事の著者は北海道警の裏金作り告発の告発に大きな貢献をした記者です。一連の告発過程の中では、北海道警のOB二人が実名で登場し、さらに大勢の現職警察官が北海道監査委員の特別監査に対し、匿名で真実を語っています。著者は、そうした現場を見ている人です。その人が「その後、こうした道警関係者の人々のもとには、実にひどい手紙やファクスが届いている。・・・・・・・人間、ここまで品性下劣になれるのか、と思うほどの内容である」。そして「想像だが、仙波氏(愛媛県警を告発した人)のもとでも同様のことが起きているのではないか。或いは、これから起きるのかもしれない」と語るのですから迫力があります。

 この話を読んで、イラク人質事件の時の大バッシング大会や、北朝鮮拉致家族が小泉総理を非難した時に起きたバッシング、そしてNHK問題(経費の使い込み、海老沢会長引退、さらに海老沢顧問就任そして辞任:これは個人と言うよりNHKの窓口に意見が送られたものが多かったようなので、ちょっと意味が違うかもしれません)の時にあったという、大量の電話・メール・ファックスによる個人的意見表明を思い出しました。

 様々な事件や人々の意見に対して、国民の一人一人が意見を持つのは良いことだと思います。多くの人はそうした意見を、身近にいる人々と話し合ったりするだけで終わるのだと思います。さらに大きく突き動かされた人は、新聞に投書したり、最近ならばブログや掲示板に書き込むということもありますが、いずれも健全な民主主義下における意見表明の方法だと思います。

 私は、個々人がマスコミなどのメディアから得た情報に対して意見を持った場合には、基本的にはマス・メディアを通じて意見を戻すのがルールだと思っています。

 それが、どうして日本では(外国でもそういうのがあるのかもしれませんが、あまり聞いたことがありません)、事件の当事者に対して個人的に意見を送ってしまうのでしょうか。自分も身元を明かした上で、フェアに意見を伝えたいと思って、そうしている人もいるのかも知れませんが、非難や時には脅迫めいた意見を述べる人の多くは匿名のようです。

 特定に個人に向けて匿名で意見を送りつけるというなどということが、日常的に起こることの原因の一つに、この国に一般市民の意見を適切に吸い上げるシステムがないことがあるような気がします。そうしたシステムを確立するために、マスコミにも大いにがんばってもらいたいとは思いますが、我々市民の一人一人が公共に向けて意見をいう場を自ら作り上げている努力も必要なのだと思います。

 考えてみるとこの「つぶやき」も、私という人間がテロや脅迫などといった不健全な方法での意見表明を阻止するための防波堤になっているのかもしれません(^^;)。脅迫メールや匿名の暴言など掲示板に書いている人も、そんな暇があったらブログでも開設してみると良いのではないでしょうか。責任もくると思いますけれども、意見の重みも匿名メールよりはずっと増すと思うのですが、どうでしょう。
# by stochinai | 2005-01-31 00:41 | つぶやき | Comments(1)

イラク選挙

 選挙を控えて厳戒態勢に入るというのも珍しいことだと思いますが、イラクはそうなっているようです。選挙控えイラク厳戒態勢 夜間外出禁止、商店は休業によると、「国民議会選挙を30日にひかえたイラクでは、28日午後7時(日本時間29日午前1時)から全土に夜間外出禁止令が敷かれ、厳戒態勢に入った。外出禁止令は翌朝6時までで、4日間実施される。さらに29日からは、すべての商店が休業し、官公庁も休み。空港、国境の閉鎖も始まった」のだそうです。

 「多くの市民は27日までに3、4日分のパンや缶詰など食糧と水を買いだめし、自宅での籠城(ろうじょう)に備えている」とのことですが、そんな状況の中で家から出て投票所へ行こうという人が出てくるでしょうか。

 あるジャーナリストに送られたバグダッドからのメールにある、「あまりに多くの人々が投票所が爆破されることを怖がっている。私の家族は投票には行かないと決めた」という言葉は真に迫っていると思います。

 国連のアナン国連事務総長がイラク国民に対してビデオ・メッセージを流して、強く投票呼びかけたということですが、無責任ではないでしょうか。投票所に向かったために事故にあった住民に「今回の選挙は暴力や混乱を乗り越える好機となる」などと呑気なことを言うつもりなのでしょうか。国連の責任問題にもなりかねません。

 スンニ派は選挙のボイコットを呼びかけており、もちろん立候補もしていませんので、選挙が成立した場合も選ばれる国民議会の議員はシーア派とクルド系住民ということになります。

 つまり、たとえ形式的に民主的な選挙が行われたと主張したところで、選挙後にテロがなくなることはあり得ないと思います。

 テロに屈しないと叫んでみたところで、選挙反対派が明日の選挙に向けて今までにない最大限のテロを計画していることは火を見るよりも明らかですし、今日も既に多くの爆弾事件が起こっているとニュースが報じています。

 選挙を守るためにイラク治安部隊や米軍など30万人の軍隊がイラク全土に展開するということですが、まさか武器をもって人々を投票所に駆り出すなどということはしないでしょうね。

 選挙が公正に行われるかどうかを監視する国際監視団が30人居るのだそうです。しかし、ニュースによればイラク選挙、監視できず 選管発表と実態は乖離とのことで、「治安悪化などの影響で実際には投票所を巡回する国際監視員が存在せず、中立的なイラク人による監視もほとんど行われないことが分かった」のだそうです。

 選挙をやろうとする側には、意地のようなものがあるのかもしれません。人が死ぬことに対しても鈍感になっているのかもしれません。しかし、冷静に考えると決して引き合わない選挙を強行するのは、幻の大量破壊兵器を追って始めた戦争の尻ぬぐいとしては、やめられないということなのかもしれません。山本・ブッシュ・リンダですね。
# by stochinai | 2005-01-29 18:04 | つぶやき | Comments(0)

パワーポイント症候群

 本日、博士号審査の最終試験がありました。制度として博士号授与は、3月、6月、9月、12月と4回あるのですが、学部の卒業や大学院修士過程の修了と同じこの次期に申請する人が多いので、春の審査会はなかなか大変なのです。生物科学専攻(生物)としては、本日9人の審査がありました。ひとり約30分で、およそ5時間かかりました。

 最終試験を英語で言うと final defense、最後の防衛です。博士論文に投げられた、すべての疑問・質問・反論に答えることができなければ、審査によって不可となる可能性があることになっています。しかし、この30年間くらい私が実際に見てきた最終試験で、失敗した人はひとりも見たことがありません。ただし、いい加減に審査をしているというわけではなく、たくさんの段階をクリアすることができた人だけが最終試験を受けることができるので、ここまできてダメだしされる人がいないということだと思います。石を投げれば博士に当たると言われるくらい博士が増えてきて、博士の重みが昔に比べると相対的に軽くなっているとしても、博士論文の提出はそれほどイージーなことではありません。

 さすがに今どきですので全員がノートブックを持参して、パワーポイントやキーノートなどのプレゼンソフトを駆使しての発表です。ムービーやアニメなどが取り入れられていることも、全然珍しくなくなりました。

 タイミング良く、今日の理系白書ブログにも、PPT症候群という記事が載っていました。「最近はシンポジウムでも講演でも、パワーポイント(PPT)を使う人が増えた。かくいう私も、これに頼っている。自分が伝えたいことを、整理して伝えられる点は、聴衆に親切だ。何より、『間』がもつのがいい。話術の拙さを補える。聴衆がスクリーンを見てくれるから緊張しなくて済む、というメリットもある」とのことです。

 ひととき問題になった、機器つなぎ換えの後で映像が出てこないというトラブルも、ソフトとハードの改良により、だんだんと少なくなってきました。今日は、ちょっとありましたが、機器やソフトのトラブルというより、人間の緊張に由来するものだったようです。(笑、汗)

 最近は高校生でも、パワーポイントなどを使いこなせる人が増えてきています。全学教育でも、学生にプレゼンテーションをさせるとOHPや実物投影機などに混じってフロッピーディスクやメモリースティックでパワーポイントファイルを持ってくる学生も出てくる時代になりました。しかし、最近のノートパソコンにはフロッピードライブがないものが多いということを知らなかったり、先生がパソコンを持ってきていない可能性などを考えずにフロッピーだけを持参するなどという様子を見ていると、不安になります。彼らは、たとえパワーポイントが使えたとしても、さまざまな状況を想定して、未来を予測し危機管理するなどということがあまりできていないことも知るのでした。(幸せに育てられてきたことも感じます。)

 というわけで理系白書ブログのタイトルの「症候群」でも、パワーポイントを使う危険性を書いているのかと思ったらそうではなく、「ラップトップとプロジェクターをつなぐケーブルを忘れたことに気づき、目の前がスーッと暗くなった」という、あまり本質的ではないトラブルのことが書いてあったのでちょっとがっかりでした。

 さまざまなところで言われていることですが、パワーポイントの恐ろしさは、そこで伝えられる内容とはまったく関係がなく、どんなものでも形だけは様(さま)になってしまうことだろうと思います。

 話を聞かずに、見ていると「おもしろい」プレゼンはとても多くなっているのですが、よくよく話を聞いていても、中味がまったく空疎だったり、言いたいことがまったく伝わってこなかったりというものがやたらと多いのも事実です。特に、文字や画像の出し方にアニメを駆使したものにろくなものがないことが多い、という傾向はありそうです。

 逆に、ソフトの特徴を生かし切って、非常に印象強い説得力を持った発表があることも、また事実です。そういうものに限って、画面提示の修飾テクニックは抑制の効いたものになっています。

 つまり、ソフトとしてのパワーポイントの使いこなしを学ぶ前に、しっかりとしたコミュニケーション技術を身につけることが大切なのだろうと思います。それがあれば、パワーポイントという提示技術を効果的に使うことは簡単なことなのだろうと思います。

 振り返って、コミュニケーション技術が何のために必要なのかを考えると、自分が伝えたいことがあるということが前提になることがわかります。主張がないのならば、コミュニケーション技術は単なるゲームになってしまうでしょう。パワーポイント症候群とは、伝えたい内容ではなく伝える方法が主役になってしまう病気のことなのだと思います。

 #まだまだ手探りでブログの練習をしています。この記事を理系白書からのトラックバックにしようと情報を送ってみたのですが、失敗したようです。マイクロソフトネットは、見知らぬヒトからのトラックバックは受け付けないのかもしれません。それとも、こちらが公開していないのでダメなのかな?良くわかりません。
# by stochinai | 2005-01-28 23:37 | コンピューター・ネット | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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