5号館を出て

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訃報

 長い間、病気療養していた方を除くと、訃報というものは心の準備がまったくできていない相手から届くものです。

 今日も、トリノ・オリンピック(注)の最終選考会を兼ねる女子フィギュアの大会を見ている時に突然鳴った不安をかき立てるような電話の音から、もっともあり得ない叔母の訃報が知らされました。

 私もいい年になっており、近親者にもそろそろ危ないと考えられる方はたくさんいらっしゃいますので、ある意味では心の準備をしていないこともない相手もおります。そんな中、叔母は親族の中でもそれほどの年長者ではありませんし、趣味を満喫しながら元気に暮らしていらっしゃったので、かなり驚きました。

 それでもなおかつ、この国には弔事は粛々と進行させることのできる文化があります。駆けつけた我々を必要としないほど見事に今後3日間の行事進行が決められていく様子には、毎度のことながら感心して観察しておりました。

 というわけで、今日のつぶやきはエントリー時間をかなり偽装してしまうことになりました。明日からの予定もかなり変更せざるを得ません。ご迷惑をおかけすることになる皆様には予めお許しを願いたいと思います。

:テレビやラジオで「トリノ・オリンピック」と聞く度に、「鳥のオリンピック」と聞こえます。トリノの発音が悪いのだと思いますが、ニュースで大騒ぎされているとついつい「鳥のオリンピックの代表選手なんかに選ばれなくてもいいじゃん。魚のオリンピックとか、犬のオリンピックとかもありそうだし、猫のオリンピックだって面白そう。でも、本当に出たいのは人のオリンピックだよね。」という悪態をつぶやきたくなります。
# by stochinai | 2005-12-25 23:59 | つぶやき | Comments(0)

大学の自浄作用

 非常に早い話の展開でした。それまで続けてきた強気のコメントにもかかわらず、大学の調査チームの出した中間報告を受けて、わずかその3時間後に渦中の人ファン教授は「ソウル大教授を辞職する。しかし、ヒトクローン胚のES細胞は、われわれ大韓民国の技術だと、国民の皆さんは再び確認することになる」と、ふたたび負け惜しみのような声明を出しながらも敗北を認めたのです(毎日新聞)。

 国を挙げて、大量の研究費を注ぎ込んで世界の最先端を走り続けてきた、この数年の成果はほんの数週間ですべてが瓦解してしまったように見えます。

 少なくとも基礎科学の研究成果としては、今後は彼の出したすべての研究は「なかったもの」として扱われることになるはずです。

 同じ生物学を研究している人間として非常な脱力感を感じますが、それで良かったのだと思います。これが、裁判所や警察の手を借りることなく、大学や科学者自身の手で処理されたということが大事なことだと思うのです。

 今回の「事件」を経過を見ていると、始めのうちは韓国というものが科学研究倫理後進国の見本のようなことが次々と発覚してきましたし、その後は国民的にファン教授を守れ運動などが巻き起こり、これはもう国を挙げてダメなのかとしれないと思っているうちに、ソウル大学の調査委員会が迅速に調査を行い結果を発表するあたりから、雲行きが変わってきました。

 そうなのです。NatureやScienceという超一流雑誌を舞台にした論文ねつ造というスキャンダルに対して、日本の一流大学である大阪大学や東京大学がとった対応と比べると、今回の韓国における素早い動きはある意味でうらやましいと思いました。

 大阪大学で論文データ改ざんによる論文の取り下げ事件が起こったのは今年の5月、東大の教授が絡んだ大々的なデータねつ造疑惑事件が持ち上がったのが今年の9月です。

 たしかにいずれのケースも大学内に調査委員会が作られ、中間報告なども出されているような記憶はあるのですが、柳田充弘さんが「デシジョン(決定)の遅さではいまや日本は世界一だとわたくしは思います」と書いておられるように、まだ結論が出されていないのです。

 こんな状況を世界が見ているとしたら、日本の方が韓国よりも科学研究倫理に関しては後進国であることが暴露されてしまうのではないかと不安になってきます。

外国から見ると日本では何が起こっていて、どういう倫理観でことが定まっていくのかがさぞ分かりにくいでしょう。

 というような暢気なことを言っている場合ではないかもしれません。このまま放置しておくと、日本人の研究者であるというだけで国際的に差別されるようなことも起こるのではないでしょうか。現に、噂ですが最近はNatureやScienceにおいて日本からの投稿はかなり慎重に扱われるようになっている、と聞いたことがあります。

 こうしたことがほんとうかどうかということよりも、一刻も早く日本の科学者が自分たちの手で科学の世界における自己管理をして、不正などに対して自浄作用を働かせることができるような体制を作ることが必要なのだと思います。

 この件に関しても、文部科学省からの指示を待っているというようなことでは、日本の科学者というものが25兆円にも上る第3期科学技術基本計画などを正しく使う倫理など持ち合わせていない集団だと言われても反論の余地がないと思います。

 いっそ、返上した方がいいのではないでしょうか。
# by stochinai | 2005-12-24 17:23 | 大学・高等教育 | Comments(3)
 ニューヨークの市営地下鉄およびバスがストライキに突入しました。

 アメリカ合衆国という国は、何もかもが素晴らしいわけでもなく、そうかといって何もかもがダメな国でもなく、素晴らしく良いものととんでもなくひどいものが混在している国という印象を持っています。ですから、世界最高のものと世界最低のものが同居していることにも不思議さを感じません。

 というわけで私にとってアメリカには、好きな人も嫌いな人も、好きな文化もきらいな文化も、好きな制度も嫌いな制度も混在しているというわけです。

 平気で多国を侵略して「民主主義を与える」だなどどと言う感覚には嫌悪感を覚えますので、自分はどちらかというとアメリカの政治的立場は嫌いだと思うことも多いのですが、ストライキの話を聞くといつも感心してしまいます。

 25年ほど前にロサンゼルスに留学した時に、唯一の公共交通機関だった市営バスがストライキをしていました。それから2週間ほどストライキが続いたように記憶していますが、UCLA関係者をはじめ市民が極めて冷静に対応していることに驚かされたものです。

 それ以来、何度もアメリカからストライキのニュースが聞こえてきましたが、いつも感じるのは市民とメディアの淡々とした対応です。

 それに引き換え、ここ20年くらい日本ではストらしいストというのほ行われないようになっています。しばしば予告される航空関係労組のストも、予告通りに実施されたという記憶はほとんどありません。たとえ本当にストライキをやる組合があったとしても、始業時間から1時間とか「あまり迷惑のかからない」ストライキを除くと、ほとんど見聞きしません。労働者の実力行使としての本当にストライキというものが、もうこの国にはなくなってしまったような気がします。

 ストライキなどというものは、労働者が団結していなければとうていできるものではありません。日本ではそもそも常勤の雇用者がどんどん減っていますし、常勤の労働者ですら組合への組織率がどんどん低下しています。

 そういう中でもしも正規労働者が自分たちの労働条件改善のためのストライキを打とうとしても、非常勤労働者や失業者、さらにはより労働条件の悪い職場に働いている人々からバッシングされてしまうだろうことは想像に難くありません。つまり労働条件の改善要求をしようとすると、雇用者や企業側ではなく、さらに「下層」におかれている人々がその運動を妨害するという動きが出てきてしまうというのが今の日本の「世論」の傾向なのではないかと感じられます。

 そんな国に身を置くものとして、アメリカの労働者が実に誇り高くストライキを決行する様子を見るにつけ、なんともうらやましい気持ちになるのです。

 もちろん、ニュースでは迷惑している一般市民の声が聞かれますし、経営側(この場合はニューヨーク市長)からは、脅しを含めた非難声明が出るのですが、お互いに正々堂々と交渉をしているという様子が感じられます。

 大学も法人化したために、大学の中には国家公務員時代とは異なる労使関係を作らなければならないはずなのですが、労働組合の組織率は限りなく低く、そこで働いている人の多くには労働者としての自覚も雇用者としての自覚のない人も多いのです。そのような状況ですから、組織化されたストライキなどはもちろん起こりうるはずもありません。

 本来ならば、知識人の集まる職場なのですから、日本全体のお手本になるような労使関係を作り上げていくことも「大学という企業」に求められることの一つなのではないかと思いますが、残念ながらこの件に関してはまったく期待を持てないところです。しかし、労働者と雇用者の健全な関係を作っていかなければ、セクハラ・アカハラ・パワハラを含めた不幸な職場からの脱皮もおそらく不可能でしょう。なんとかしなければなりません。


#幸い、今日になってストライキを中断して年明けに労使交渉をすることが決まったようで、ニューヨーク市民には落ち着いたクリスマスと新年が迎えられることになりました。

 Happy holidays!

追記:
 もちろん「市営交通」というのは必ずしも正しくない表現です。正しくは「ニューヨーク市内のバスと地下鉄を運営する都市圏交通公社(MTA)」ということだそうです。
# by stochinai | 2005-12-23 22:23 | つぶやき | Comments(7)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai