本日、
理学部同窓会の理事会・評議員会というものがありました。今年から、「動物」の理事にさせられましたので、出席して参りました。
同窓会というものは昔を懐かしむための組織ですから、理学部を卒業して出て行かれた方が、久しぶりに戻ってこられた時に、昔の建物や昔の組織そして昔の先生などが、昔のまま残っていてこそ同窓会の意味もあるように思います。
私が卒業した頃は、理学部には数学、物理、化学、地質学鉱物、生物(動物、植物)、地球物理、高分子、第二化学という8(9)つの学科がありました。私は動物の卒業生です。それに、臨時教員養成所というものがあった時期があるそうで、現在の同窓会は10の分野から役員が選ばれて運営にあたっています。いずれにせよ、その頃は学部も大学院もひとつの「学科」というまとまった単位として運営されていました。学科の中にはさらに小さな家族に相当するような組織=講座がありました。いろいろと問題も指摘されている講座制の講座ですが、同窓会の最小単位としては懐かしさがもっとも強く感じられる組織だと思います。
つまり、学部卒であれ大学院卒であれ同窓生が懐かしむ基盤としての学科がありましたから、大学を卒業した後でも出身の学科をたよりに大学を懐かしみ、時には戻ってくる場所として学科が、文字通り不動の地位を保っていました。同窓会の基盤がしっかりしていた時代とも言えるでしょう。
ところが学部改革や大学院重点化ということで、10年前から学部は数学科、物理学科、化学科、生物科学科(生物学、高分子機能学)、地球科学科(地球惑星物質科学、地球物理学)の5つに改組され、同時に大学院も5つの専攻になりました。そのころから、大学の建物もどんどんと建て直しが進み、今では当時の建物で残っているのは博物館になってしまった理学部の本館だけといってもよいくらい風景も変わってしまいました。
つまり、同窓生にとっては戻り懐かしむ場所の実体である建物も、バーチャルに懐かしむことのできる組織である学科もなくなってしまったと言えると思います。久しぶりに大学を訪れた卒業生も、「いやあ、懐かしいですね」と言いながら訪ねる場所がなくなってしまい、新しい建物の中をうろついているうちに、運が良ければ知り合いに会うことができるという迷宮になってしまったのが今の大学です。
来年からは、さらに大学院の組織が大きく変化することになっていて、理学部(大学院理学研究科)という単位すら壊されて、全学的にスクラップ・アンド・ビルド状態になりますので、もはや理学部を軸とした同窓会の存立基盤はなくなってしまうことになります。
卒業生はそうした変化に敏感なのか、この不況が原因なのか、あるいは単にそのようなものに関心がないのか、大学が変わり始めた10年くらい前から「同窓会離れ」が顕著になってきているようで、それまでは毎年1000万円以上の収入で使い切れないほど集まっていた同窓会費が、どんどんと減少を続け、今では600万円の確保すらあやしくなってきています。
今年は、理学部発足75周年なのだそうですが、そろそろ同窓会も解散すべき時にさしかかっているようです。それと対応するように、
北海道大学同窓会というものも立ち上がりましたが、果たしてそのような大きな組織としての同窓会に帰属意識を持って参加してくれる人がいるか、大いに疑問が持たれるところです。