5号館を出て

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 1週間ほど前に、市民公開講座「かみ合わせを正して健康と長寿 新しい歯科医療の世界を開拓・展開する」というものが、札幌であったようです。ある方が、知らせてくれました。

 日本人の3人に1人が悩まされているという「体力がない・疲れやすい・元気がない・うつなどの身体や精神の不調、頭痛・目のかすみ・鼻炎・額関節の症状・首すじのこり・肩こり・背中の痛み・五十肩・腰痛・手足の冷え・便秘・下痢・生理痛・生理不順・不眠などの症状、キレル・姿勢が悪い・歩き方がおかしい」などの諸症状という症状や悩みも、あごのずれを治す事によって改善・消失するということを主張している丸山剛朗大阪大学名誉教授の講演会のようです。

 まあ、そういうこともあるかもしれませんし、実際にそういった不定愁訴があごのかみ合わせを矯正することで治まるのだとしたら、それは喜ぶべきことでしょう。

 この先生は「日本咬合学会」という学会の会長さんなのだそうです。聞いたことのない学会ですが、ホームページを見ると、1996年に日本エレクトロナソグラフィ研究会を改名して作られた日本咬合研究会に由来し、1999年に学会に昇格したと書いてあります。エレクトロナソグラフィというのも聞いたことがありませんが、電気を使ったかみ合わせ関係の診療機器のことのようにも思えます。ともかく、若い学会であることはわかりました。

 その講演会の後援には、札幌市保健福祉局健康衛生部、札幌市教育委員会、北海道歯科医師会、東京歯科産業など最後の一つを除いて社会的信頼度の高い組織ですので、まあ教育的な講演会なのだろうと思うこともできたはずです。

 しかし、なんとその公開講座の講師には丸山先生だけではなく、渦中の人であるはずの元・北大医学部教授のSさんもいらっしゃるではありませんか。しかも、驚いたことに私がエイプリルフールの日のエントリーで書いたように、Sさんは大学から処分されることもなく、めでたく自主退職が認められたところまでは新聞で追跡できていたのですが、会場で配布された講演抄録集を見ると、退職後すぐに新しい職場に就職なさっているようでした。

 「人間性脳科学研究所」所長の肩書きを持っていらっしゃいました。その研究所の名前も初耳だったのですが、Googleで検索すると出てきます。というか、研究所そのもののホームページは出てこないのですが、5歳~8歳児の幼児「脳教育」教材のコマーシャルページが出てきます。

 この教材を使った「HQ教育」の監修を間性脳科学研究所の所長であるS博士がやっているというわけでした。その中にあるS所長のご紹介ページには、履歴書と書籍の紹介があるだけなのですが、トップページに、S博士の「HQ理論」が詳細に紹介されています。

 今の子どもたちはHQが発達していない子が多いので、たくさんの問題が起こっているのだという理論のようです。ここで、ようやく「かみ合わせ講演会」との関連が見えてきました。このHQが十分に発達すると次のようなことになるのだそうです。
 ◎ 前向きで計画的、プラス思考
 ◎ 個性的で独創的
 ◎ ”頭”がよく、優れた問題解決能力を持つ
 ◎ 理性的で、自分の感情・欲望や行動をうまくコントロールできる
 ◎ 良好な社会性・協調性を持ち、優しく、思いやりがある
 ◎ 豊かな感情、やる気、幸福感、達成感を持つ
 ◎ 幸福な家庭と社会的成功を得て、人生に成功する
 かみ合わせと同じように、すべてが解決しそうです。

 また、「HQを伸ばせば、社会的成功をおさめる可能性が高くなると言える」のだそうです。

 そして、「HQをご自宅で簡単に高める方法があります。それが人間性脳科学研究所・所長 S博士監修の『HQプレスクール』です」とのことです。
★商品名: 「HQプレスクール」

◆標準価格: 62,790円(税込)
◆パッケージ内容:

◎ CD-ROM: 「HQプレスクール」ソフトウェア本体 ※後日お届け
◎ HQカード: HQを伸ばすための、楽しいゲーム
◎ HQタイマー: カードと一緒に使用します
◎ HQパッド: パソコンへ接続して、キーボードの代わりに使用します
◎ 小冊子「HQプレスクール ご活用のしおり」: 使い方とヒントが満載
◎ 特別付録DVD<非売品>: S教授からのオリジナル・メッセージ
 そして、今なら特別価格キャンペーン中につき、52,290円です!!!

 パッケージを見ると、ちょっと脱力してしまいます。開発費を除くと、原価はおそらく1,000円くらいのものに見えます。

 もしも、これが素晴らしい教育なのだとしたら、文科省が率先して義務教育で行うのがいいんじゃないでしょうか。

 そして、もしもそうではないのだったら、これって「詐欺」に近いのではないでしょうか。

 日本咬合学会については歯学関係者に、そしてHQプレスクールについては脳科学関係者のご意見を聞いてみたいものです。

 よろしくお願いします。
# by stochinai | 2006-05-02 23:13 | 大学・高等教育 | Comments(6)

実名ブログのさわやかさ

 今日、北キャンパスにある北海道大学創成科学共同研究機構リエゾン部から、リエゾンマンさんが訪ねてくださいました。CoSTEPを通じて、すでに知り合いだった同じ創成科学共同研究機構のM姫さんが案内して(といっても、M姫さんも来るのは初めて)いらっしゃいました。

 つい1週間ほど前に、リエゾンマンさんのブログでCoSTEPの修了生とJTBの共同企画「楽しくわかりやすい科学教室 in 北海道大学」が発売になったことを知らせるエントリー「パンパカパ~ン!21日発売で~す!!」に私がトラックバックを送ったのがきっかけでしたが、あれよあれよという間に今日の研究室訪問までわずか1週間の出来事です。

 M姫さんも「もしやこれが『ブログコミュニケーション』なのかしら」と他人事のように書いておられますが、このスピード感がネット時代の人付き合いの始まりというものなのかもしれません。

 我々は3人ともブログを持っておりますが、リエゾンマンさんは実名・顔写真までも公開したブログ発信をされており、最初見た時は私もちょっとびっくりしてしまいました。でも、今日お会いしてそのストレートな性格から見て、実名でブログをされていることに何の違和感もないことを再確認しました。

 もちろん私やM姫さんにしても、いちおうブログの中に実名は書いていないものの、ほんのちょっと調べれば、たちまち氏素性職業エトセトラが明らかになる程度の「匿名」ブログで、本当に身許を秘匿しているわけではないのですが、リエゾンマンさんほどあっけらかんと実名・顔写真を出されてしまうと、こちらの方が木の葉一枚で裸をかくしているようななんとも照れくさい気分にさせられてしまいます。

 リエゾンマンさんは、過去にネットで起こった炎上事件のようなことはあまりご存じないみたいでしたが、さすがにM姫さんはいろいろと心配をされて、それなりに緊張しながらブログをやっておられるようです。

 もちろん、世界に開放されているブログですから、コメントやトラックバックで予想を越えたレスポンスが来る可能性はあるわけで、ブログをやるからにはそういうことに対するリスク管理も必要だと思います。

 しかし、特に意識して政治運動や思想活動、宗教活動などをするわけでもなく、ごくごく普通の日常生活の延長としてブログをやっていこうと思い、その人が健全な社会性・精神性を持っているとするならば、いたずらに警戒して書きたいことも我慢するという必要もないのだろうと思います。

 私は2チャンネルなどをほとんど見ないので、今でも訳のわからない厨房コメントなどというものがあるのかどうかは認識していないのですが、少なくともまわりを見渡す限りにおいては、日本のブログ環境も一頃に比べるとずいぶん落ち着いて成熟してきているのではないかと感じられます。

 そういう中で、リエゾンマンさんのように、何のためらいもなく実名でスカッと登場されると「こういうやり方もありますよね」と、なんだか肩の力が抜けるような、悪くない気分です。

 もちろん、今でも炎上して閉鎖するブログというものもあるわけですが、そうなる前に自分のまわりにコミュニケーションの輪を形成することができれば、その方たちが守ってくれるということを時には期待できると思います。

 要するに、実名であろうが匿名であろうが、まわりの人と良いコミュニケーションをとり続けることができればうまくやっていけるという意味では、ブログも普通の社会生活も違いはなさそうです。

 そんなふうに普通のことを、普通に考えるということを思い出させてくれ、リエゾンマンさんは一陣の春風のようにM姫と北へと帰って行ったのでありました。
# by stochinai | 2006-05-01 22:49 | 大学・高等教育 | Comments(3)

大学院教育振興施策要綱

 MYさんのブログ経由で知ったのですが、「“徒弟制”一掃、文科省が大学院を抜本改革へ」というニュースがありました。

 この記事のどこを読んでも、講座制の廃止と助教授を准教授にするということ以外に、徒弟制度を「一掃」するための方法が書かれていないので、私には理解ができなかったのですが、「文科省は今後5年間かけて、大学院による教育課程や教員組織の見直しを支援するなど、教育基盤の整備を進める」というところに、徒弟制一掃の秘策があるということなのでしょうか。

 同じくMYさんのブログにあるリンクをたどると「大学院教育振興施策要綱」の策定についてというものに行き当たります。どうも読売の記事はこの大学院教育振興施策要綱を評価しての論評のようですので、こちらを読んでみることにしました。

 実施機関は平成18年度から平成22年度まで、ということは今年2006年度から5年ということですね。いちいち指摘するのも嫌になりましたが、この年号はいい加減になんとか西暦一本にならないのでしょうか。政治的にはどうなのか知りませんが、少なくとも教育的・科学的には世界標準に合わせたほうが便利です。こんなところにも、日本の政治の非科学性がにじみ出てしまうのが悲しいです。

 余談はさておき今回の施策要項の柱です。
◆大学院教育の実質化(教育の課程の組織的展開の強化)
◆国際的な通用性、信頼性(大学院教育の質)の確保
◆国際競争力のある卓越した教育研究拠点の形成
 今までずっと言われ続けていたものですので、とりたてて目新しさは感じられません。

 第四からは、具体的な取組施策が書かれています。

 大学院教育の実質化は、我々の周辺でもすでに始まっています。大学院組織が変わった理学研究科では、いままではそれほどまじめにやられているとは言えなかった大学院生の講義が増加するとともに、「本当に講義をする」という意味で実質化・強化されています。大学院生の間からは、これだといつ研究をしたらいいのか?という悲鳴も聞こえ初めています。教育(座学)と研究は多くの場合、相反するものであることを現場は知っていますので、研究をしたい学生(とさせたい教員)にとってはつらい状況になってきているかもしれません。

 さらに、その件を書面化するようにという強い指示があるようです。
・各大学院が人材養成目的を明らかにすることについて、平成18年度までに大学院設置基準(昭和49年文部省令第28号)上関係規定を置く
 教員組織体制の見直しのところで、ニュースでは「07年度からは、教授の職務を助ける役割だった助教授が廃止され、新たに学生の教育や研究を主な職務とする「准教授」が新設される予定で、こうしたことを契機に教授と院生らの硬直的な徒弟関係の改善が図られることになる」と書いてあることが、この施策には見あたりません。しかし、助手が廃止されてできる「助教」についての記述があります。
・新たな職として創設される「助教」について、「専任教員」に位置づけるとともに、教員組織については、各課程の人材養成目的に応じて、各大学が自由に設計できることを平成18年度までに大学設置基準(昭和31年文部省令第28号)上明確化する
 大学院教育が学部教育と同じように、きっちりとした基準で評価され、修士・博士などの学位論文の評価基準もきちんとルール化するように書いてあるのは、大学にとっては大変ですが、学生にとっては朗報だと思います。これからは、理不尽に落とされたり、訳もわからずに学位がもらえたりというような「大学院の謎」は減ってくることでしょう。
・授業及び研究指導の内容や学修の成果及び学位論文に係る評価の基準等をあらかじめ明示することについて、平成18年度までに大学院設置基準上関係規定を置く
 しかし、これは恐らく諸刃の刃となって、大学院における研究活動が低下することは避けられないと思います。それを覚悟の上での施策提示だと信じていますので、一度決めたならばあたふたしないことを予めお願いしておきたいと思います。
・平成18年度までに主専攻・副専攻制、ジョイントディグリーなどの複合的な履修取組に関する調査研究を実施し、その円滑な実施方策等について検討する

・講義と実習など複数の授業の方法を組み合わせた授業科目が導入しやすくなるよう単位の計算方法について平成18年度までに大学院設置基準上明確化する

・修士課程及び博士課程(前期)の修了要件について、各課程の目的に応じて、修士論文の審査又は特定課題の研究など一定の学修成果の審査を課すことを平成18年度までに大学院設置基準上明確化する
 さらに今までも奨励されていたことですが、標準修業年限内に博士の学位を授与することができるようする規定を作らなくてはなりません。
・各大学院における学位授与の円滑化に関する取組や学位授与状況を調査・公表する等により、学位授与の円滑化に関する積極的な取組を促す

・成績評価基準等を明示し、当該基準に従って適切に課程の修了の認定を行うことについて、平成18年度までに大学院設置基準上関係規定を置く

 その他、学生に対する経済的支援や、若手教員等に対する教育研究環境の改善、産業界との連携、人文・社会系分野大学院の強化、大学院評価、国際貢献、など具体性ははっきりしないものの一応各方面に気を配っております。

 しかし、なんといっても現在走っている21世紀COEが終わった後はどうなるかという疑問に答えている次の一文に日本中の大学の目が釘付けになったことと思います。
・平成19年度からポスト「21世紀COEプログラム」を実施し、すべての学問分野を対象として、世界最高水準の卓越した教育研究の実施が期待される拠点を重点的に支援する
 基本的に歓迎できるアイディアが示されていると思います。後は、理念をどうやって現実化していくのかというところをしっかりと見守りましょう。

 現場の教職員ばかりではなく、もっとも大きな影響を受ける大学院生諸君からの積極的な発言が、実現を監視する役割を果たすと思います。日本の悪い文化の一つとして、出る杭は打たれるというものがあり、他人からの評価が将来を決める若い人には苦しいところかもしれませんが、このIT時代ですから適度な匿名性を保ちつつ言いたいことはどんどん言ってください。
# by stochinai | 2006-04-30 23:47 | 大学・高等教育 | Comments(19)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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