北海道大学の前身、札幌農学校では近隣にいた教育を受けることの困難な貧しい子どもや勤労青年のために無料で開放された「
遠友夜学校」というものがありました。1894年に開かれてから、1944年に閉鎖されるまでの50年間に、1100人以上の卒業生が、北大の教員や学生のボランティア活動による教育を受けて巣立っていったということです。
その古き良き伝統を現代に甦らせようと、バンカラ懐古趣味の博物館長のFさんを校長に学生ボランティアたちが去年から「
平成遠友夜学校」を始めました。なんといっても、場所が最高で北大の北キャンパス、エルムトンネルの東入り口付近の北側にたっているガラス張りの
遠友学舎です。
今日は私のかつての教え子の一人でもあり、平成遠友夜学校の主催者の一人でもあるYIさんだったということと、講義のテーマが「進化の大爆発―カンブリア紀の生物―」と、私のお気に入りでもあるということから、小雨の中をはるばる南キャンパスから出かけて行きました。参加者の多くはシニアの方だったようですが、終わり頃になって気付いてみればCoSTEPの特任教員が3名もぐりこんでいました。科学技術コミュニケーションという点から見ても、やっぱり気になる存在なのですね。
講演は彼女の研究の専門分野ではないにもかかわらず、小学生時代にNHKスペシャルで魅惑されたカンブリアの不思議動物たちの愛情あふれる紹介から始まって、進化のメカニズム、地球環境と生物の大絶滅とその後の爆発的種分化について、オーソドックスな話を興味深く、しかも手際よく話してくれました。特に、エディアカラ動物群からカンブリア動物群が出現してきた過程を、凶暴な捕食者の出現とそれに対する防御体制の進化というストーリーでまとめたところは、会場に対して少なからぬインパクトを与えることができたように思います。
さらに、最近翻訳本が出た「
眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く」という本で述べられている「光スイッチ説」にも言及するなど、なかなか意欲的・精力的に勉強してきていながらも、非常にわかりやすい講義をしてくれたと思います。(成績を付けるとしたら、最高レベルの「秀」をあげましょう。^^)
また、この手の講演会では良く出てくる、講演内容とはあまり関係のないたくさんの質問にも、多くは的確にまた手に余ることに対してもきわめて誠実に対応していたのが、とても好感が持てました。また、彼女はかなり負けず嫌いと見え、長い質疑応答に疲れてきたこともあったのでしょうが、うまく答えられなかったものに対しては「次回の遠友夜学校までに宿題として調べてきてお答えします」とまで言っておりました。質問した方もその時までには忘れてしまっていることでしょうが、会場から好意を持って受け止められていたようです。
さらに、私がいるのを知っていながら、決してこちらに振らなかったのも偉かったと思います(私が答えられるとも思っていなかったのかも?)。私としては、少しはヒヤヒヤしながらも、彼女にならすべてを任せても大丈夫だという気分で、安心もしながらお手並みを拝見しておりました。
上にも書きましたように、会場にはシニアの方が多く、質問もおじいちゃん・おばあちゃんが大学院生の孫に訊いているといった雰囲気で、学問的な「真実」を聞きたいというよりも、会話そのものを楽しんでいるように思えるところもとても良かったと思います。
こうしたところに集まる市民の方は、もちろんある種の勉強として学問の話を聞きにくるのですが、何度聞いてもわからないレベルの高い最先端の話をわからないまま聞きたいというわけではもちろんなく、彼らに通じる言葉や論理で話してくれることを期待しているのだということがヒシヒシと伝わってきました。
質問に対しても、定説でバッサリと解説されるのではなく、汗をかきながら苦吟しながら一所懸命答えてくれる「孫」先生との対話を心から楽しんでいるようでした。
これこそが、市民と学問をつなぐもっとも効果的なスタイルのひとつですね。
先週日本中でいっせいに行われた、学術会議の先生たちによるサイエンスカフェは、これとはまったく違って、ほとんどが最先端の研究の超高度なお話が多かったのではないでしょうか。そういう場では、きょうの会場にいたシニアの皆さんが感じたような素朴な質問などできないような雰囲気のところが多かったのではないかと(勝手に)推測しています。
学生や半分素人ながらその分野に強い興味を持った人(コミュニケーター)が、一般の市民の方にどうやったらこういう話を伝えることができるのだろうかと、一所懸命勉強して伝えるのは、自分の専門の話しかできないような専門家が話すのより数倍コミュニケーション・パワーを発揮することは、先月のサイエンス・カフェ札幌「今さら聞ける!?DNA」でのSalsaさんの「DNA基礎講座」でも証明されたことです。
いろいろなサイエンス・コミュニケーションがあって良いのだと思いますが、市民の側に寄り添い双方向性を重視するなら、コミュニケーション能力の低い科学者よりも、優れた科学コミュニケーター自身による科学コミュニケーションの方がhるかに有効だという思いに自信をもった、今日の遠友夜学校でした。
主催者・講演者の皆さん、お疲れまでした。