5号館を出て

shinka3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
 10日前のエントリー「真夜中の緊急記者会見とタミフル関係官僚の天下り」で私が推測していた、「つまり、厚生省には10代の患者にはタミフルが黒であるという証拠のデータがある、ということではないか」については、一昨日似たようなニュースが出てきました。

 東京新聞によると、「横浜市小児科医会(水野恭一会長)は二十九日、市内でインフルエンザウイルスに感染した男子中学生(14)が治療薬「タミフル」を服用していないにもかかわらず、自宅屋根に上り転落するといった異常行動を示す事例があったと発表した」そうですが、これは厚労省発表よりも後に発覚したことのようなので、どうやら私の仮説は違っていたようです。

 ところが、今朝になって「レゾンデートルのサイドボード」を見ると、「タミフルの厚労省班研究費、足りないので、不足分はこれがなんと当のメーカーから資金が出ていたそうです」と書かれています。どうやら、真夜中の記者会見の背景はこれだったのかもしれません。

 元記事は、毎日新聞のサイトに出ています。

タミフル:調査対象企業から資金流用 厚労省が黙認

 インフルエンザ治療薬「タミフル」の副作用を調査している厚生労働省研究班の06年度予算1027万円(30日現在)のうち、627万円は輸入販売元の中外製薬が研究班員の所属機関に寄付した資金だったことが分かった。厚労省が30日、発表した。中立性が求められる副作用調査に、調査対象企業からの資金を使っていたことになるが、研究班から事前に相談を受けた厚労省の担当部局も黙認していた。調査の中立性を根幹から揺るがし、同省の姿勢にも批判が高まりそうだ。

 おそらく、これが理由だと思われます。また次に出た記事によると、研究班のメンバーは中外製薬から寄付金をもらっていたということは、「厚労省に報告し、承認を得て進めていた」のだそうで、彼らにしてみれば「研究班から突然外されたことに不信感を募らせ」ているとのことです。

 研究班の記者会見
 一方、研究班の横田俊平・横浜市立大教授と藤田利治・統計数理研究所教授も記者会見。冒頭、「一企業からの寄付金は好ましくなく、重要な調査に無用な誤解を与えた。責任を痛感しており、遺憾に思う」と謝罪したが、「厚労省が研究の必要性を認めながら、費用を調達できなかったことが原因で、研究班を辞めなければいけない理由はない」と話し、同省の対応を厳しく批判した。
 中外製薬の記者会見
 さらに中外製薬も会見し、藤田晴隆専務らによると、同社は今回の寄付について厚労省に相談したという。その際、同省安全対策課は「研究費拠出を所轄しているのはうち(安全対策課)である。所轄部門に伝えたということになるのではないでしょうか」と反対しなかったため、了解を得たと理解したという。
 というわけですから、厚労省の中に「真犯人」がいることは間違いなく、それが真夜中の記者会見の原因になったのでありましょう。さて、犯人までもが「自首」してくるでしょうか。
# by stochinai | 2007-03-31 14:21 | 科学一般 | Comments(7)

待つ力

 またまた山田ズーニーさんの「大人の進路教室。」を聞いて感動、というよりは共感してしまいました。

 最近3月8日からは『第五章 「働けない日々」からの脱出』ということで、高校1年のときシックハウス症候群になって、受験にも乗りそこね、就職の機会も逃したという、末吉さんという方がゲストでした。彼は150社不合格という壮絶な就職活動の末、やっと就職できたらしいのですが、やがてその仕事も辞めざるを得なくなるという踏んだり蹴ったりの経験を積んだ方です。

 これまでは3回、彼の話を聞くというスタイルだったのですが、昨日29日は「Lesson20 ズーニーのまとめ」ということで、山田ズーニーさんの一人語りでした。前に書いた「やりたいことが見つからない」の時もそうでしたが、彼女はひとりで語っている時が断然良いのです。

 昨日の話は、まったく同感というところが満載の話でした。自分の過去を語っているのですが、気に入ったところを抜き書きさせてもらいます。

 ポッドキャスティング Lesson20 ズーニーのまとめ
あれが
アイデンティティを失うという感覚だったのだと思う。
天職とか、大好きな人とか、
自分の真ん中にあるものを失うという感覚。

でも私は、そこからのがれるために、
スケジュールの空白をうめる、ということをしなかった。

正直いうと、やろうとしてもできなかった。

 自分がダメだと思った時に、ともかく身体を動かし続けて落ち込むことを避けることができる人がいますが、ズーニーさんはそれができないのだそうです。私も、「とりあえず体を動かす」というのができない質です。体を動かし続けていると、どうなるかというと。
それはそれでスケジュールの空白は埋まり、
絶えず何かやってれば、
寂しさは感じなくてすむかもしれない。
でも何かで空白を埋めるということは、
そこにはもう、他の何かは入れられない、ということだ。
 ということで、そんな生活をしていたら新しいことができなくなるのではないか、というのです。まさしく、そうだと思います。
1年のうちでも何回もない、「これだ!」
というものに出逢ったときに、

むやみな動きで消耗しきってくたくただったら?
スケジュールに余白がなかったら?
どうやってそこに飛び込んでいけるのだろうか?
 
 何もしないことの力、それを「待つ力」と呼ぶのかも知れません。何もしないということは、充電の期間でもあるのです。
だから、心の声にしたがえば、
スケジュールに空白ができ、
空白の時間は、じっとパワーを溜め込んだ。

その状態は、見方を変えれば、
いつなんどき「これだ!」というものに遭遇しても、
「すぐに」、「全身全霊で」、飛び込める状態でもある。

 そうなのです。こちらの準備がなければ、チャンスに出会った時にそれをつかむことができないのです。素晴らしい結語もありました。

  「ものはひらいた手でしかつかめない」

 何かを探している時には、何もしないこと。このアドバイスは、とても大切なのかもしれないと思います。

【追記】
 もう一回聞いてみると、山田ズーニーさんは昔書いたエッセイを朗読しているようです。探してみたら、ここに全文がありました。1年ちょっと前に書かれたものですね。

   おとなの小論文教室。感じる・考える・伝わる!
      Lesson 280  待つ力
# by stochinai | 2007-03-30 21:26 | つぶやき | Comments(2)
 先ほどNHK総合テレビの7時のニュースのトップで、高校の日本史の教科書の検定によって太平洋戦争末期の沖縄戦での住民の「集団自決」について、昨年までは認められていた「日本軍により強制された」となっていた記述が、強制はなかったというように修正されたと報道されていました。

 従軍慰安婦問題でも、「日本軍の直接関与」がうんぬんされ、証拠がないからなかったのだろうという議論がありましたが、今回の教科書検定も教科書検定調査審議会が、日本軍の強制の証拠がないから、教科書から削除するようにという意見(逆らうと検定外になってしまうので、事実上の強制)を付けたものと思われます。(不思議なことに、従軍慰安婦問題には検定で意見書が付いていないそうです。外圧のせいでしょうか?)

 これでまた、明日から世界中からいろいろな文句が来ることは間違いなく、国際的に孤立して生きていくことはできないグローバリゼイションの時代に、なんともセンスのない行政を行う政府なのかと疲れてしまいます。(総理は文科省のやることこは、政府がやっていることではないとコメントしているようですが、外国からみるとそうはならないでしょう。)

 従軍慰安婦にしても、沖縄の非戦闘員集団自決にしても、存在したことは事実として否定する人はいないと思うのですが、それを日本帝国軍が直接指揮したかどうかについては議論が分かれるのはかまわないと思います。そして、両方の意見が自由に言える状態でこそ、本当の民主主義国家と言えるのだと思います。ですから、時の政府がどちらの意見であったとしても、それを国民全体に強制するということになる教科書検定などはもうやめてしまってはどうでしょう。

 そもそも教科書検定の大問題は、教えてはならないことが出てくることであり、検定教科書に載っていないことは受験に出してはいけないことになっており、そのせいで能力のある子どもでもその能力を伸ばそうと思っても、モグラたたきのようにたたかれてしまう原因のひとつにもなっていると思います。

 これだけの情報化社会なのですから、教科書で知識や思想を統制しようという発想そのものが古すぎます。これを機に、教科書検定そのものをやめてしまってはどうでしょう。そうしなければ、ただでさえ評判がガタガタになっている公教育そのものが見捨てられることになってしまうと思います。(結果的には、それでも検定制度は崩壊します。)

 教科書の検定制度は廃止しましょう。
# by stochinai | 2007-03-30 20:01 | 教育 | Comments(9)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai