5号館を出て

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 CoSTEPでウェブ実習を担当されているIさんから、「本日のKさんの記事掲載を持ちまして、『さっぽろサイエンス観光マップ』のCoSTEP一期生の記事執筆がすべて終了しました。次回からは二期生の記事が登場します」とのメールを受け取りました。

 私もこのプロジェクトではいちおうアドバイザリースタッフという名前を頂戴しており、ウェブ記事を作る途中の段階でのコメンテーターとして、微力ながらお手伝いをさせていただいてきました。

 CoSTEP2期生の授業も始まってもうすぐ2ヶ月になり、水面下では2期生のウェブ作成も始まっているのですが、この1期生ウェブチームの「実習」は淡々と続いてきているので、修了生たちはボランティアとしてこのままずっとウェブ制作に携わるのかなとも思っていました。

 しかし、やはりそうではなく、本日投稿された「自然の中の数式フラクタル~前田森林公園~」という記事をもって、1期生のプロジェクトは終了ということになったようです。

 思い返せば、CoSTEP1期生は昨年の秋から授業を始めて約半年で、1年分のコースをこなすというハードなスケジュールの下、ウェブチームの実習もなかなかハードに追い回されていたようです。

 このウェブサイトが公式に公開されたのが、昨年の12月21日ですから、ようやく半年しかたっていないのですが、最初のうちは、写真のアップロードの仕方もわからないメンバーもいる中、たった5人のメンバーで50の記事を書き上げたということですから、それは本当にお疲れさまの仕事だったと思います。

 しかも、ウェブで公開しただけではなく、この4月からは北海道新聞のコラム「散歩でサイエンス」というコラムで、ウェブの記事を組み直した連載も始まり、社会的にも大きな評価を得たことは自慢しても良いことでしょう。また、こちらは内輪の話ですが、CoSTEPが発信しているコミュニティFMラジオ番組「かがく探検隊コーステップ」でも、「教えてサイエンス観光マップ」というコーナーでマップの紹介をしていますので、多角的発信という意味でも成功したプロジェクトです。

 さて、サイエンス観光マップと銘打っていますので、単なる札幌観光マップではなく、それぞれの見所の背景にあるサイエンスを読み解くという切り口がCoSTEPらしい仕掛けだったと思います。それも単に「科学的」な説明をするのではなく、日常会話の中で取り上げられるような易しい言葉で語られる「お話し」は、読み手の科学的知識のレベルを問わない、まさに科学技術コミュニケーターの仕事になっていると思います。

 いちおう生物、地学、物理、化学、数学、機械、電子、後日談というカテゴリー分けがされていますが、特に理科の分野を強く意識しているというものでもありません。ただ記事の分野は作者の得意分野が反映されているせいか、生物が16なのに大して、地学が8、物理が7(ひとつは機械と重複)、化学が5(ひとつは機械と重複)、数学が3、機械が6(うち2つが物理、化学と重複)、電子が4となってしまいました。

 まあ、生物ネタはたくさんありますし、書きやすく受けも良いという傾向があるのかもしれませんが、2期生には「苦手」なテーマにも果敢に挑んでもらいたいと思います。

 申し遅れましたが、この企画の大きな特徴のひとつが、地図ソフトとの連携です。連載が始まった後からも、地図ソフトはどんどんと進化を続けているようで、衛星写真で見たり、実際の地図でアクセスを確認したりと、使い方によってはさらに発展の可能性を感じさせる試みになっていることも見逃せません。このあたりは、指導されたIさんのアイディアの勝利ですね。

 この地図ソフトとの連携に関しては、日本国内だけではなく国外(カナダ?)でも同じような企画でウェブサイトを立ち上げる動きがあるとも聞いています。世界中で作られたマップが連携し始めると、これまたすごいことになる可能性もありそうです。

 いろいろと書きましたが、ただ単に写真と文章と地図を見ているだけでも楽しいウェブサイトですし、一味違った札幌観光をしたいという方には一押しのガイドマップと言えるでしょう。

 たった5名の実習生にとっては大変な半年だったとは思いますが、ウェブ作成の総合的スキルが身に付いたことは間違いありませんので、非常に有益な実習だったと思います。2期生のウェブチームはメンバーが倍以上の11名となりましたのが、先輩達が築き上げたサイトをより発展させるという重い責任を背負っていますので、最初はなかなか大変かもしれません。いよいよ、2期生の記事が出てくるのを楽しみにしながらも厳しく見守って行きたいと思います。

 2期生の実習でも、私はアドバイザリースタッフとしてお手伝いさせていただきます。

 このウェブチームに関しては、個人的に残念なことがありまして、今までに2回も懇親の宴会に誘われたのですが、いずれも他の会とぶつかってしまって参加できなかったのです。というわけで、ウェブチームのほとんどの人とはインターネット上でのバーチャルなおつきあいしかしておりません。それでも、なんだか「仲間意識」のようなものを感じられるのは、ウェブの持つ新しい可能性というものでしょうか。

 1期生のみなさん、お疲れさまでした。2期生のみなさん、これから一緒にがんばりましょう。
# by stochinai | 2006-06-22 21:43 | CoSTEP | Comments(3)

早期退職する教員

 先ほど7時半からやっていたNHKのクローズアップ現代を、見るともなく聞いていましたが、公立学校(小中学校?)の先生の5割以上(7割くらい?)が、退職年齢を迎える前に辞めているのだそうです。

 別に不思議とは思いませんでした。私も経済的になんとかなるのならば、辞めても良いというか辞めたいと思っている人間のひとりです。

 今の日本の教育現場は、そこで働いている人間の意欲をそぐことのほうが、励みになることの100倍くらい多いという実感があります。

 教育現場に限らず、誰だってまだ元気のあるうちに退職して、楽しいリタイア生活を送りたいと思うのではないでしょうか。ましてや、職場にあるのは上と下からのプレッシャーで、給料も年々下がっていくし、大学あたりだと働く意欲をかきたてるかなりの部分を占める研究をするための資金が毎年10%くらいの勢いで減少しているのです。私のまわりを見渡しても、辞めたいということを思ったことのない人を探すのが困難だという実感があります。

 それでも辞めないのは、生きて行けないからです。

 昔、アメリカの大学の先生と話したときには、できるだけ早く退職して人生を楽しむのが幸せというものなのだとおっしゃる人が多かったように思います。その頃は私も若かったですし、日本のだ大学もこれほどひどくなかったですからいまいちその気持ちを理解することが出来なかったのですが、今ならとても良くわかります。

 もう命の火が消えようとする頃になってようやく働かなくても生きていけるようになったとしても、それがなんだというのでしょう。なるべく、早くに辞めることができる方が幸せというものではないでしょうか。

 もちろん、今の私は普通に生活するのに不自由しないくらいの給料をもらっており、それが公務員的優遇だと言われれば、そうかもしれませんとお答えします。しかし、どこかの総裁のようにどうせ使わない1千万円を寄付のような形で誰かに預けて、それが2.5倍になって戻ってくるなどという生活ができるほどの給料などもらっているわけではありません。

 それでいながら、政府関係機関からは運営交付金や給料を着々と減らされている上に、いろいろとやらなけらばならいサービスの要求が増えています。さらに「国民の皆さま」からは、「公務員」は働きもせずにたくさんの給料をもらいすぎているので減らせというような圧力もかかってきています。

 小学校や中学校の先生だと、その上に子供たちを清く正しく美しく、そして上級の学校に入学できるような学力をつけることも要求されている毎日なのだと思います。

 辞めたいと思っても何の不思議もありません。

 もちろん、辞めることで給料がもらえなくなるわけですが、そのことよりも辞めることを選ぶ人が大多数になっている職場、しかもそれが初等・中等教育を担当する先生たちの職場だというこの国って大丈夫なのでしょうか。

 もちろん、大丈夫じゃないですよね。
# by stochinai | 2006-06-21 22:56 | 教育 | Comments(3)

持続不可能な自治体

 夕張と言えば、北海道の町の中では比較的全国的に知名度の高いところだと思います。

 夕張国際ファンタスティック映画祭を知らない人でも、夕張メロンくらいは知っている思います。

 ちょっと前のことを知っている人なら、夕張を舞台にした山田洋次監督の「幸せの黄色いハンカチ」という映画を思い出すかもしれません。と言いながら調べてみるとなんと1977年の映画でした。ちょっとどころではなく、40台より若い人なら知らないほど昔の話ですね。

 我々が、小学校の頃までの「大石炭時代」には、九州の筑豊炭田と並ぶ石狩炭田にある中心の炭坑である夕張は非常に勢いのある町だったと聞いています。

 その夕張が、いわば地方自治体として財政的に破綻状態に陥ってしまい、市長は「自力での財政再建は困難と判断し、法の適用を受けた財政再建団体となり再建計画の策定に取り組む重大な決断」をしたと市議会で発表しました。

 財政再建団体になった地方自治体は夕張が初めてというわけはなく、また市も破産するということは頭では理解できるのですが、会社が破産したときには社員が路頭に迷うということに納得できても、ただ単にその町に住んでいて税金を払っていた市民が破産した市と運命をともにするという状況がなんとも理不尽に思えます。

 札幌に生まれ札幌で育った私には、生まれ故郷というものは親と同じように選べるものだという感覚はありません。つまり、ある町が私の故郷であることは生まれる前から決まっていることであり、この町はもうダメだから他へ移るということは、この親はもうダメだから親を取り替えることができないのと同じくらい不可能なことのように感じられます。

 それを郷土愛と呼ぶことができるのかもしれませんが、愛などという甘い言葉で語ることのできるものではなく、どちらかというと生まれながらに持たされた原罪のようなものに思えます。

 そういうつながりを持った故郷が「破産」してしまうということに、夕張の市民のみなさんが感じているであろうやりきれなさを思うと、胸がつまります。

 そういう町を救うことのできる、そして救わなければならないものが「国」という制度ではないかと思います。国だって、すでに破綻しているのだからそんな小さな町のひとつやふたつがつぶれるのは当たり前だというような議論には嘘があると思います。なぜなら、夕張よりもはるかに負債が多い国はつぶれることなく、税金を集めてはどんどん使うことを繰り返しているからです。

 夕張を日本の国の一部とみなして一緒にがんばるのか、国全体からみると切り捨てるべき病巣と見るのか。私は、前者の行き方を指向してくれる政治家を支持しようと思います。
# by stochinai | 2006-06-20 21:27 | 札幌・北海道 | Comments(15)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai