5号館を出て

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小学生に対する検閲

 日本国憲法を引用します。
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 オコジョさんのお子さんが小学校を卒業するのだそうです。まずはおめでとうございます。ところが、それに関連したエントリーの内容はかなり深刻なものでした。

 お子さん達の小学校生活最後の大きな作業のひとつである卒業文集の内容に、教師が手を入れていると怒っていらっしゃるのです。私も卒業生や修士学生のポスターや論文に手を入れますが、同じことで怒られるのであれば私も同罪とおそるおそる読み進むと、私も腹が立ってきました。
漢字が間違ってるとか文法が間違ってるってのを直すのは、当然だと思う。しっかし、表現を無理やり変えさせる、しかもそのまま掲載したら本人が「将来後悔するから」と称して変更を迫るというのはなんなんだ。

うちの子は学芸会のことをテーマにしたんだけど、そのなかで「先生にセリフが棒読みだといわれて不愉快だった」と書いたところ、削除しろといわれた。さらに、劇に取り組み始めたころはみんな乗り気じゃなかったが、だんだん練習を重ねてうまくなっていくのを見て、みんなそれなりにがんばってると思ったと書いたところ、その段落を丸ごと書き直せと言われ、原稿を赤でけされてしまったのだ。いったい上記の内容のどこに、本人が将来後悔するようなことがあるのか、全く理解に苦しむ。

話はこれだけではなくて、文集委員の児童がつくった学年の何でもランキングの一部内容がふさわしくないとの校長チェックにより、変更させられてしまったのだ。おかげで子どもは「もともとめんどかった文集づくりにますますやる気でなくなった」そうだ。ちなみに、不適切なランキングは「将来大酒飲みそうな人」や「ナルシスト」などで、これもどこが不適切なのか不明。

(かなり大々的に引用してしまってすみません。オコジョさん著作権法違反で訴えないでくださいね。m(_._)m)

 私も卒業文集を作った記憶がありますけれども、教師に手を入れられた記憶などありません。子ども達で作った編集委員会が一所懸命「ガリ版刷り」をした記憶と、出来上がったなんとも粗末なホチキス止めの文集だけはなんとなく記憶があります。

 だいたい、そこに何が書いてあろうが将来読み直すことなどほとんどありませんし、読み直してバカなことが書いてあったからといってどうだというのでしょう。私の場合は、高校生の頃まで保存していたかどうかも怪しいです。

 明らかにこれは子ども達のためを思った行為ではなく、教員や校長がどこか上の方(教育委員会や都知事)からクレームを付けられないがための保身行為以外のなにものでもないでしょう。

 しかも、昨今のダメ教師論の中に出てくるのは、こうした検閲行為をするような教員ではなくて、逆にそういうことをせずにのびのびと子どもの自由にさせている教員のほうなのではないでしょうか。いわく、子どもをしっかりと管理できないダメ教員と。

 どっちがダメ教員なんでしょうね。そして、そうした検閲教員に良い点数を付ける教育委員会ってなんなんでしょう。

 一方、そもそもその検閲教員達は自分たちが検閲という憲法違反を犯しているということにすら気がついていないという可能性があることを示唆するブログ・エントリーを発見しました。

 雑感練習帳さんの、「検閲を知らない子どもたち」です。

 某集まりで大学生と懇談したおり、何げなく権威主義体制の国の話になって「そういう国では、新聞やテレビも検閲されて、本当のことを書けないんだよ」と話したらば。

 「検閲ってなんですか?」と聞かれてしまった。

 要するに「検閲」という単語の意味が不明、ってことらしいのだ。

 そうなると、大学生になるまでに検閲などということは習ってこなかったという先生達がいる可能性もありそうです。知らないわけですので、悪気もなく小学生達が誤った判断をしてしまった証拠が文集に残ってしまわないようにと親心でやったことなのかもしれませんね。(絶対に違うとおもいますけど)

 意味がわからないことが書いてある憲法なら変えようと言われても、どっちでもいいやということになるのかもしれませんね。

 憲法を理解できない大学生や、憲法を守らない小学校の先生がいる国ってかなりやばくないですか。
# by stochinai | 2006-02-20 21:55 | 教育 | Comments(12)

ブタネコ

 ある編集者さんのところで発見しました。
体重15キロの中国のデブ猫は、ほとんど別の生き物だった。


 元ネタはこちらです。
体重15kgのネコ(画像あり)


 元記事と画像はこちらです。
Who ate all the mice? (ネズミを全部くっちまったのは誰だ?)

# by stochinai | 2006-02-20 12:53 | スマイル | Comments(1)

オリンピック不振の原因

 今のところ、オリンピックではメダルゼロ状態が続いているので、テレビ報道が過熱せずにいてくれるのは個人的には好ましいと思っています。

 もちろん、現地でがんばっている選手の皆さんの中には、ほとんどメダルに手が届いている人もおり、そういう方々がメダルを取れないことに関しては不運としか言いようもなく、無念さを共有する感情は持っております。

 しかし結果は結果ですし、彼らは間違いなく今の日本の最高レベルの実力者だと思いますので、日本という国におけるスポーツ全体のレベルが低下しているのではないかというのは率直な感想です。つまりメダルが取れないのは彼らの責任ではなく、日本の現実だと思います。

 素人判断で申し訳ない気もするのですが、その原因のひとつとして日本の経済不況に行き当たりました。

 種目にもよりますが多くのスポーツでは、その年齢のピークは10代後半から20代前半というものが多いです。いくら早期教育が良いと言っても、スポーツと呼べるレベルのことができるようになるのは小学校入学のあたりからでしょうから、世界を相手に戦える選手を育てるために必要な時間は10年から20年ということになります。

 今、オリンピックで活躍している選手が育てられたのが、過去10年から20年とするとそこには日本のバブル崩壊から長く続く大不況時代がすっぽりと入ってきます。

 その頃の日本では、大企業が運営していたたくさんのスポーツクラブが次々と閉鎖に追い込まれていた記憶があります。もちろん不況の時代にリストラされた家庭では、子どもをスポーツ教室へ通わせる余裕などありません。また、不況とは直接関係ないかもしれませんし体育系だけではないということですが、中学校・高校においてクラブ活動がほぼ壊滅状態になってしまったという状況もあります。

 スポーツに限らず、科学や芸術なども高いピークに届くレベルの才能を育てる為の近道は裾野を広げることだと思います。裾野を広げるためには、多くの子ども達に夢を与えるスターも必要なのですが、それとともに子ども達の夢を叶えるサポートをする環境(家庭、学校、地域、スポンサー)がなければなりません。

 結果を見てみないと私には判断できないのですが、こうした状況の例外として現時点で女子フィギュアの選手がたくさん育っているのは、おそらく過去における伊藤みどりというスターの存在を見ていた子ども達の夢を叶えるための環境があったからだろうと推測されます。名古屋地方に選手が偏っているように思える原因に、夏でも使えるアイス・アリーナが存続していたことがあるという話をきいたこともあります。

 もしも日本が将来においてオリンピックでメダルをとりたいということならば、最低でも10年できれば20年くらいの長期計画で、子ども達を育てる環境を作るのが王道ではないでしょうか。

 メダル**個という目標も下品な感じがするのですが、文科省が言っている政策のひとつにノーベル賞30個作戦というのがあります。科学者もスポーツ選手と同じように育てるのに長い時間がかかりますし、裾野が広くなければ優秀な科学者はなかなか出現するものではありませんので、ノーベル賞をたくさん取りたいと言うことならば、最低でも10年できれば20年くらいの長期計画で、子ども達を育てる環境を作るのが王道ではないでしょうか。

 あれ、同じ文章が繰り返されてますか?
# by stochinai | 2006-02-19 23:57 | 教育 | Comments(7)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai