2006年 02月 20日
小学生に対する検閲
日本国憲法を引用します。
オコジョさんのお子さんが小学校を卒業するのだそうです。まずはおめでとうございます。ところが、それに関連したエントリーの内容はかなり深刻なものでした。
お子さん達の小学校生活最後の大きな作業のひとつである卒業文集の内容に、教師が手を入れていると怒っていらっしゃるのです。私も卒業生や修士学生のポスターや論文に手を入れますが、同じことで怒られるのであれば私も同罪とおそるおそる読み進むと、私も腹が立ってきました。
(かなり大々的に引用してしまってすみません。オコジョさん著作権法違反で訴えないでくださいね。m(_._)m)
私も卒業文集を作った記憶がありますけれども、教師に手を入れられた記憶などありません。子ども達で作った編集委員会が一所懸命「ガリ版刷り」をした記憶と、出来上がったなんとも粗末なホチキス止めの文集だけはなんとなく記憶があります。
だいたい、そこに何が書いてあろうが将来読み直すことなどほとんどありませんし、読み直してバカなことが書いてあったからといってどうだというのでしょう。私の場合は、高校生の頃まで保存していたかどうかも怪しいです。
明らかにこれは子ども達のためを思った行為ではなく、教員や校長がどこか上の方(教育委員会や都知事)からクレームを付けられないがための保身行為以外のなにものでもないでしょう。
しかも、昨今のダメ教師論の中に出てくるのは、こうした検閲行為をするような教員ではなくて、逆にそういうことをせずにのびのびと子どもの自由にさせている教員のほうなのではないでしょうか。いわく、子どもをしっかりと管理できないダメ教員と。
どっちがダメ教員なんでしょうね。そして、そうした検閲教員に良い点数を付ける教育委員会ってなんなんでしょう。
一方、そもそもその検閲教員達は自分たちが検閲という憲法違反を犯しているということにすら気がついていないという可能性があることを示唆するブログ・エントリーを発見しました。
雑感練習帳さんの、「検閲を知らない子どもたち」です。
そうなると、大学生になるまでに検閲などということは習ってこなかったという先生達がいる可能性もありそうです。知らないわけですので、悪気もなく小学生達が誤った判断をしてしまった証拠が文集に残ってしまわないようにと親心でやったことなのかもしれませんね。(絶対に違うとおもいますけど)
意味がわからないことが書いてある憲法なら変えようと言われても、どっちでもいいやということになるのかもしれませんね。
憲法を理解できない大学生や、憲法を守らない小学校の先生がいる国ってかなりやばくないですか。
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
オコジョさんのお子さんが小学校を卒業するのだそうです。まずはおめでとうございます。ところが、それに関連したエントリーの内容はかなり深刻なものでした。
お子さん達の小学校生活最後の大きな作業のひとつである卒業文集の内容に、教師が手を入れていると怒っていらっしゃるのです。私も卒業生や修士学生のポスターや論文に手を入れますが、同じことで怒られるのであれば私も同罪とおそるおそる読み進むと、私も腹が立ってきました。
漢字が間違ってるとか文法が間違ってるってのを直すのは、当然だと思う。しっかし、表現を無理やり変えさせる、しかもそのまま掲載したら本人が「将来後悔するから」と称して変更を迫るというのはなんなんだ。
うちの子は学芸会のことをテーマにしたんだけど、そのなかで「先生にセリフが棒読みだといわれて不愉快だった」と書いたところ、削除しろといわれた。さらに、劇に取り組み始めたころはみんな乗り気じゃなかったが、だんだん練習を重ねてうまくなっていくのを見て、みんなそれなりにがんばってると思ったと書いたところ、その段落を丸ごと書き直せと言われ、原稿を赤でけされてしまったのだ。いったい上記の内容のどこに、本人が将来後悔するようなことがあるのか、全く理解に苦しむ。
話はこれだけではなくて、文集委員の児童がつくった学年の何でもランキングの一部内容がふさわしくないとの校長チェックにより、変更させられてしまったのだ。おかげで子どもは「もともとめんどかった文集づくりにますますやる気でなくなった」そうだ。ちなみに、不適切なランキングは「将来大酒飲みそうな人」や「ナルシスト」などで、これもどこが不適切なのか不明。
(かなり大々的に引用してしまってすみません。オコジョさん著作権法違反で訴えないでくださいね。m(_._)m)
私も卒業文集を作った記憶がありますけれども、教師に手を入れられた記憶などありません。子ども達で作った編集委員会が一所懸命「ガリ版刷り」をした記憶と、出来上がったなんとも粗末なホチキス止めの文集だけはなんとなく記憶があります。
だいたい、そこに何が書いてあろうが将来読み直すことなどほとんどありませんし、読み直してバカなことが書いてあったからといってどうだというのでしょう。私の場合は、高校生の頃まで保存していたかどうかも怪しいです。
明らかにこれは子ども達のためを思った行為ではなく、教員や校長がどこか上の方(教育委員会や都知事)からクレームを付けられないがための保身行為以外のなにものでもないでしょう。
しかも、昨今のダメ教師論の中に出てくるのは、こうした検閲行為をするような教員ではなくて、逆にそういうことをせずにのびのびと子どもの自由にさせている教員のほうなのではないでしょうか。いわく、子どもをしっかりと管理できないダメ教員と。
どっちがダメ教員なんでしょうね。そして、そうした検閲教員に良い点数を付ける教育委員会ってなんなんでしょう。
一方、そもそもその検閲教員達は自分たちが検閲という憲法違反を犯しているということにすら気がついていないという可能性があることを示唆するブログ・エントリーを発見しました。
雑感練習帳さんの、「検閲を知らない子どもたち」です。
某集まりで大学生と懇談したおり、何げなく権威主義体制の国の話になって「そういう国では、新聞やテレビも検閲されて、本当のことを書けないんだよ」と話したらば。
「検閲ってなんですか?」と聞かれてしまった。
要するに「検閲」という単語の意味が不明、ってことらしいのだ。
そうなると、大学生になるまでに検閲などということは習ってこなかったという先生達がいる可能性もありそうです。知らないわけですので、悪気もなく小学生達が誤った判断をしてしまった証拠が文集に残ってしまわないようにと親心でやったことなのかもしれませんね。(絶対に違うとおもいますけど)
意味がわからないことが書いてある憲法なら変えようと言われても、どっちでもいいやということになるのかもしれませんね。
憲法を理解できない大学生や、憲法を守らない小学校の先生がいる国ってかなりやばくないですか。
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by stochinai
| 2006-02-20 21:55
| 教育
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