5号館を出て

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 夕方のテレビでフジコ・ヘミングさんとそのお母さんがどんなに偉かったかというような番組をやっていました。

 私は途中から見た上に、別のことをやりながら時折ちらちらと見ていただけなので、内容についてはあまり正確に把握していないことを最初にお断りした上で、感想などを書かせていただきます。

 フジコさんは、最近では毎年のように日本でコンサートを開いていて、熱烈なファンもかなりの数がいるのだと思っていましたが、いわゆるポピュラー演奏家という人ではないようにも感じています。

 私はクラシック音楽に関して、何かを言えるほどの知識も経験も持ち合わせていないのですが、番組の中で流れた彼女の「亡き王女のためのパヴァーヌ」を聞いて、様々な演奏家の演奏によって慣らされてきた耳には、ちょっと不思議に聞こえる独特なその表現方法(メロディーラインをつなぐ時に方言のようなものを感じました)になんだか良くわからないまま「惹かれる」ものがあったのは、自分としても不思議な経験でした。

 注意散漫ながらも見聞きした番組の中で語られていたのは、彼女とその母の信じられないほどの「あきらめない姿勢」でした。母はその子を信じて黙々と仕送りを続けた存在として描かれていたようですが、フジコさんのあの強さはどこからわき出てくるのか、ちょっと考えてしまいました。

 もちろん音楽を表現する自分に対する限りない自信はすごいと思いましたが、それが何度も何度も現実によって打ち砕かれるにもかかわらず、その度ごとに想像を絶する短時間で次のアクションを起こして行くそのパワーの源泉がどこにあるのかについては、やはり謎がそのまま残ったような気がします。

 ただ、彼女が打ちのめされる度に、ドイツ、ウィーン、フィンランド、日本(国名は記憶がはっきりしませんのでいい加減かもしれません)などをいとも易々と移動して歩いたといういうことに、その秘密の一端があったのかもしれないと思っています。

 これもはっきりしませんが、番組の中で彼女の言葉として「私は世界に人が憎いと同じように、世界の人が好きだ」というようなことを言っていたと思いますが、この言葉は彼女が国境とういうものをあたかも町内会のような小さなものとしてしか見ていない、世界市民としてのスケールの大きさを感じさせるものです。「どんな国の人も同じなのよ」と言い切るすごさには参りました。

 彼女のような、ある意味で癖のある表現をする音楽家が生きていこうとする時に、それを支持してくれる人の数は少ないのだと思います。同じように、多数派にはなれない考えの持ち主が生きていくためにはその母集団は町内ではとても無理でしょうし、都道府県や国というサイズでも無理な場合には、世界を相手にすることでようやく生きる場を見つけられることもあるのではないでしょうか。

 「世界で認められる」ということは、逆に言うと「それほどポピュラーではない」という意味なのかも知れません。しかし、まず世界で受け入れられることによって日本国内でも受け入れられて生き易くなるのだとしたら、日本にこだわってがんばるより先に世界でやってみるという選択もあるのか、などとぼんやりと考えさせられた番組でした。

 それにしても、たばこスパスパのフジコさんはとても迫力のあるすごいおばさんでした。本人には怒られると思いますが、そんな姿を見てちょっとファンになりました。
# by stochinai | 2005-12-18 23:39 | つぶやき | Comments(3)
 札幌は昼頃から大雪です。なんとか自転車で大学にたどり着くことはできましたが、この調子で降り続くとおそらく帰りは自転車は無理でしょう。

 今朝まではなんとか見えていた夏の忘れ物の風車も、この雪で完全に雪の下になっているはずです。春まで、ゆっくりとおやすみなさい(^^)。
夏の忘れ物と5号館の地図_c0025115_14355170.jpg

 地図会社の昭文社がおもしろいサービスを始めたようです。ブログ記事に地図表示できるサービス「chizumado(ちず窓)」というものなのですが、おもしろそうなので早速登録してみました。

 それで作った理学部5号館を表示する画像をここに貼ってみます。うまく表示されるでしょうか。
理学部5号館

 どうやらうまく貼れたみたいですね。この仕掛けによって、昭文社の地図サイトからブログエントリーに飛ぶこともできるようですので、工夫次第でおもしろいことができるのかもしれません。

 ブログを利用してマップ作りをしようなどという方には特にお薦めです。
# by stochinai | 2005-12-17 14:40 | つぶやき | Comments(1)
 世界初のヒト・クローン胚由来のES細胞は取り返しのつかないスキャンダルになってしまいました。

 さきほどの7時のNHKニュースで報道された記者会見の中で、渦中の人であるファン・ウソク教授はScienceの論文データがねつ造されたものであることを認め、論文は取り下げると言いながらも、ヒト・クローン胚からのES細胞は確かにできたと言い張っていました。一方、同じニュースの中でファン教授の共同研究者は涙ながらに、今まで発表した研究成果のすべては否定されるべきものであるというようなことを言っていたと思います。

 先月から、アメリカ人の共同研究者がデータのねつ造や、卵の入手過程において倫理的に許されない方法が取られていたと暴いたことなどが問題になっていましたが、世界的科学論文雑誌Scienceに載った論文の内容の真偽についてははっきりしていませんでした。

 しかし、ここ1週間くらいのうちに、Science論文に使われている写真やDNAデータ自体に人為的操作が見られることがはっきりしてきたことで、少なくとも論文の真贋論争には決着がついたと言える状況になってきて、さすがのファン教授も論文を取り下げざるを得ない状況に追い込まれたというわけです。(この件に関しては、幻影随想さんのところへ行ってご覧ください。)

 科学の世界では、論文データを偽造したことが明らかになった時点で科学者生命は絶たれなければなりません。どんなに他に正しい論文を出していようと、正しい研究データがあろうと、その時点で科学という世界から退場してもらわなければならないのです。

 先ほどのNHKニュースを見るまでは、ニュースや論評(例えばJMM [Japan Mail Media]のメールマガジン『Younghee Ahn の韓国レポート』第171回 )を読んでいる限りは、ファン教授も全面敗北を認めてこの問題は終わるものと思っていたのですが、記者会見における教授の強硬姿勢を見る限り、少なくとも韓国内ではそう簡単にこの問題が決着しないのではないかと不安になりました。

 困ったものです。

 韓国には未だノーベル賞受賞者がおらず、ファン教授の研究結果がほんとうのことであったならばノーベル賞受賞は間違いないだろうと、国内外での評判が高かったことは事実でした。

 ですから、先月アメリカの共同研究者が研究グループから離脱し、さらに論文の取り下げを要求した時には韓国民ばかりではなく、韓国政府もファン教授を擁護しようとしているように見えました。しかし、ここ数日の動きを見ていると韓国市民・政府にも動揺が起こっているようです。決着は時間の問題だと思います。

 論文は投稿された時点で、複数の専門家による査読を受け、かなり厳しく審査されます。Scienceともあろうものが、どうしてねつ造論文を受け入れてしまったのか不思議に思われる方は多いと思いますが、私にはなんとなくわかるような気がするのです。

 まず、第一にファン教授はマスコミへの露出度が高く、論文を出す前から自分たちはこういう研究をしているということを宣伝していました。国際学会などでも何度も研究の成功を発表しており、雰囲気として彼はそういうことに優れた技術を持っているのだという「神話」が出来上がっていたことがひとつあります。

 それともうひとつは、ヒツジの成功を皮切りにたくさんの哺乳類(ウシ、マウス、ネコ、ブタなどなど)では、クローンの作成などは珍しい技術ではないくらいに普通に行われるようになっており、専門家の間では倫理的な問題をクリアできればクローン胚を作ったり、それからES細胞を作るなどということは比較的簡単だろうと思われていたことです。

 そういう状況で当のファン教授のグループから論文が投稿されてきたら、審査が甘くなってしまうということはあり得たと思います。今になって再検討してみれば、写真やDNAの電気泳動像にきわめて不自然なところがたくさん発見されるのですが、スキャンダルが起こる前には、それほど厳しく見る雰囲気がなかったとも言えるでしょう。

 耐震構造計算の偽造などと異なり、実験をやるたびに少しずつデータの変わる生物学の実験では、写真や電気泳動像だけを見てそのデータや解釈の真贋を断定することは難しいのも事実です。逆にいうと写真や電気泳動像などはそれほど一所懸命にチェックされないことも多く、有名な雑誌に出ている有名な論文などでも、同じ写真を左右ひっくり返して使い回されていたり、電気泳動の写真がトリミングされて「不要な」部分が削除されていたりというようなことは、たびたび見られることなのです。

 それだけに、論文内容に関する最終責任は審査する雑誌側ではなく、論文を提出する側にあると見なされ、論文が印刷された後でもそれを取り下げるかどうかは提出した研究者の判断に任されているのが基本です。

 そして、ファン教授は自分から論文を取り下げると発表したのですから、同時に科学の世界からも退場すべきなのです。これで、この話は終わりにしなければなりません。同じ研究をやる場合には、すべて一から出直しです。

 クローン哺乳類の研究にしても私が学生の頃の1981年にクローンマウスができたという論文がホッペとイルメンゼーという研究者によって報告されましたが、再確認されることなく歴史から葬り去られております。今回の研究も科学史としては残るかもしれませんが、生物の教科書には載ることなく忘れ去られるように思います。
# by stochinai | 2005-12-16 20:24 | 生物学 | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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