5号館を出て

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北海道立近代美術館

 今日から7週間、お隣のS医大の1年生に生物学の出張講義が始まりました。S医大は札幌の中心部からちょっと西のとても良い場所にあります。近くには知事公館・三岸好太郎美術館・北海道近代美術館・札幌管区気象台などの札幌の名所が密集している地域で、これから秋が深まっていくと、最高の散策コースになります。

 今日は初回の講義なので、ちょっと早めに大学を出たところ自転車なので早く着きすぎて、ちょっと時間があったので、久しぶりに道立近代美術館に寄ってみました。
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 9日までで終わってしまうパウル・クレー展をやっていたのですが、もちろんそれほどの時間はありませんので、前庭を歩いてみました。

 さすがに、北海道立というだけあって美しく手入れされた庭にはあまり人もいず、もったいないという感じです。ゆっくりと眺めてみようと思ったのですが、さすがに講義がありますので、早々に引き上げました。

 しかし、さすがに先ほどの余韻がありましたので、講義が終わってからもう一度訪れてみると、今度は何人かの方が、庭でお昼の食事をされています。素晴らしい庭を独占しながらの、なんとも贅沢な昼食をとっている人を横目に見ながら、私は美術館を一周です。

 やはり思った通りで、建物そのものと庭にある展示が美しく調和しています。

 裏から前庭を見たところです。
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 ここをまっすぐ出たところの風景は絵になっていました。拡大してみてください。
北海道立近代美術館_c0025115_203507.jpg
 この美術館の庭には動く作品がいくつかあります。これは「光のリズム」という風車です。
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 美術館の裏にはナナカマドが豊作でたわわに実っていました。
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 来週からの講義も行き帰りが楽しみになりました。
# by stochinai | 2006-10-06 20:40 | つぶやき | Comments(0)

美しい国を愛する

 ネットを見ていたら「美しい国(うつくしいくに)」を逆さまに読むと、「にくいしくつう(憎いし、苦痛)」となるという話がありました。元ネタは中日新聞らしいのですが、今の日本には「美しい国」を作ると言われて素直に納得できない人はたくさんいるのだろうと思わせられる「落ち探し」の話だと感心しました。

 もちろん、国は美しいほうが良いに決まっていますが、権力を持った方が美しい国を作ろうと言うとき、そこに美しくないものを排除あるいは撲滅して、美しいものだけを残そうということを意味しているのではないかと、ついつい思えてなりません。

 そうなると、国の政策に楯突く不満分子などは美しくないものの最右翼ということになるのかもしれません。激しい言い争いというものは、たとえそれが「正しい目的」のために行われていたとしても、やはり美しいものではありません。もちろん、冷静に穏やかに議論がなされていれば、醜いというところまではいかないとはいかないにしても、もしも政府がある数の国民にとって理不尽と思われる政策をとろうということになると、どうしても「美しくない」抗議がいつまでも続くことになるのではないでしょうか。

 そうなったときに、「美しい国」を作ろうという言葉は、いつまでもしつこく抗議を続ける人間に向けられて、君たちの行為は日本を美しくするための妨害にしかならないという非難の声が上がるのではないかと危惧します。そういうバッシングを過去に何回も見たことがあるような気がします。「和をもって尊しとなす」という言葉を思い出します。

 もちろん世界が平和で、国内外に争いもなく、景色が風光明媚で美しければ、地球は美しいところだと思いますし、そうした美しいところを愛することは全然難しいことではないと思います。他人に言われるまでもなく、誰でもが美しい地球を愛するようになると思います。では、日本だけが美しくなれるでしょうか。地球全体が美しくならなければ、日本を美しくするなどいうことは不可能なのではないでしょうか。

 つまり日本を美しい国にするというスローガンは、必要ないと思います。誰でもが、日本を愛することができるような状況が作られれば、国も国民も自然に美しくなると思います。そして、日本が美しくなるためには、日本を囲むアジアの国々が美しくならなければなりませんし、世界全体が美しくならなければなりません。そのためには、不幸な人がいなくなるような地球を作らなければならないのだと思います。

 現実のように一握りの幸せな人間と数多くの不幸せな人間がいる状況は美しくないし、不幸せな人々は決して国や地球を愛することなどできないと思います。

 安倍さんには広い視野を持って「世界中の人を幸せにして美しい地球を作る」ことを目指すと言って欲しかったです。幸せな人が1人でも多くなればそれだけ日本も世界も美しくなるはずです。
# by stochinai | 2006-10-05 21:14 | つぶやき | Comments(3)
 今日から1年生の基礎生物学の後半講義が始まりました。第一回目だったのでこれからの講義を進める上での参考とすべく、私としては別に本当の試験じゃなくて、第1学期にどんなことを習ったのか知りたかっただけなので、資料を見てもいいし、まわりの人と相談してもいいですよということで、抜き打ちの「試験のようなもの」をやりました。

 第1学期の基礎生物学では、主に分子細胞生物学を学んだはずなので、生命の起源や、細胞膜やATP、体細胞分裂と減数分裂について質問してみました。そして最後に、誰も答えられないだろうとは思いながらも、数日前のニュースになったノーベル医学生理学賞受賞の対象となったRNAi(RNA干渉)について知っていることがあったら書いてくださいと書きました。

 そうしたら、223名の中に不思議な回答がふたつ出てきました。

 ひとつは私ですらほとんど記憶にない受賞者の名前を2人とも書いて、遺伝子治療への応用が期待されるというようなことが書かれていたもので、もう一つはただ「不正である」と書かれていたものです。

 後者に関してはそれ以上のことは書いてありませんが、おそらく東大の多比良さん達がからんだ論文ねつ造事件のことを書いているだと思いました。ノーベル賞の新聞記事にもそのことが言及されていたので、読んで記憶していたのかもしれません。一言しか書いてありませんでしたが、印象に残った「回答」でした。

 問題は前者です。まさか、どんなに記憶力が良いとしても、大学1年生が受賞者の名前まで書けるものでしょうか。そこで考えた結果、あり得る可能性としては携帯でニュースを検索したのではないかということです。現場を押さえたわけではないので断言はできませんが、おそらく間違いないでしょう。

 試験前に電源を切らせるなどの指導はしていると思いますが、日本では大学入試の試験場に携帯を持ち込むことまで禁止されているところはないと思います。お隣の韓国では携帯による大規模なカンニング事件が発覚してから、かなり厳しく取り締まられているようですが、日本ではそれほど厳しい話は聞いたことがありません。

 近頃の若者の携帯使いこなし術はスゴイものなので、おそらくキーを見なくても打ち込める技を持っている学生もたくさんいると思われます。そうなると、本当の試験の時にでも、ほとんど誰にも気付かれずに携帯で答を検索するということをやる輩が出てきても不思議はないでしょう。

 そういうものに対する対処として、今後は試験場で携帯の妨害電波を出すなどのしかけが必要とされる時代が来ることも予想されます。タダでさえ大学のお金がなくなってきているのですから、そんなことにまた大金を使ってこちらの研究費が減るのはかなわないのですが、間違いなくそういう流れが予想されるのが今の日本ではないかと感じます。

 私が個人的にやる試験では、資料の持ち込みを許可することが多く、もしも全員が携帯で検索ができるということならば、それを許可した上でさらに個々人の能力の差が出るような問題を出すこともできると思っていますので、今回の事例に対してそんなに否定的な感想を持っているわけではありません。

 逆に、全員にコンピューターでも貸し与えた上で、ITリテラシーを含めた生物学の試験をやっても良いくらいに思っているのですが、あまり受けいられそうもない意見なのでしょうね。
# by stochinai | 2006-10-04 18:26 | 教育 | Comments(16)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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