5号館を出て

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失業した助手?

 「ある大学研究者の悩み」さんのところで教えてもらいました。ある大学研究者さんも大変みたいですが、まだ若いから大丈夫とのこと、ご自愛下さい。
私も今は若いからまだ良いんですが、将来同じように変革に晒された時、耐えられるような強さを保っているでしょうか?

 その心配が現実になったものかもしれないとして、小学生の間で「石神井公園の博士」として有名だった、「東京工業大学の元助手」が強制わいせつ容疑で逮捕されたという記事を引用しています。

 工学博士で東工大の助手という履歴は本人の談のようですが、私には本当のことのように思えます。
東京工業大では「同じ名前の人物が2~3年前まで理工学研究科の職員として在籍していたが、退職している」と明かした。中村容疑者の博士号の有無について「逮捕された人物と、本学に在籍していた人物が同一か確認が取れておらず、お答えできない」と説明した。しかし「もし同一人物なら、大変申し訳ない」とも話した。

 ちょっと考え込んでしまいますね。

追記(2006年2月22日)
 木走さんのところで、この事件から「どうしてここまで」というくらい連想豊かでほんのりと懐かしくもあるエントリーが書かれました。やりきれないニュースも楽しめるかもしれません。注射器と怪しげな液の入った昆虫採集セットって本当に懐かしいです。
# by stochinai | 2006-02-10 18:33 | 大学・高等教育 | Comments(14)

ある家庭の家督相続

 妊娠することを俗にオメデタと言いますが、あるお宅のオメデタを巡って国中が大騒ぎしていることに、あまりすっきりしない気分を抱いている今日この頃です。

 その前振りとして、男性ということにこだわるとそのご家庭の家督の相続ができなくなるので、女性でも家督を相続できるようにしようという話が持ち上がり、さらにはその方のお子さんつまり女系でも家督を相続できるようにしようということまでもを国会で決めようという動きがあったのですが、その法律の改正が、このオメデタ騒ぎで腰砕けになってしまいそうだということが今の騒ぎのようです。

 (あまり、一所懸命フォローしていないので、誤解があるかもしれません。)

 そもそも、あるご家族の家督相続を外部の人間が決めるということが、はなはだ余計なお世話ではないでしょうか。

 そのご家族で、次の代表(家督)を誰にするかは、そのご家族の問題であって国会で決めるようなことではないと思うのですが、どうでしょうか。

 中学校か高校の時に、日本は立憲君主制であって、君主は君臨すれども統治せずということだから、まあ要するに国の象徴として存在していることこそが立憲君主の意味なのだから、どなたが象徴になるかは、君主のご家族で自由に決めてもらって、こんどはこの人を代表にしますと提案されたら、日本の国としてはその方を象徴としてお認めすればいいのではないでしょうか。

 そちらのご家庭で、男系のみに家督を相続させると決めるのも結構ですし、女性や女系でもいいのだとしたら、それも家族会議で決めていただけばすむことであり、それを国会というような重要な機関で法律を作ってまでそのご家族の主権を侵害してもいいものかと疑います。

 日本人の多くがそのご家庭の一挙手一投足に注目して、ともに喜び、ともに悲しむということも別に悪いことではないと思います。象徴として外交などに大きな役割を果たしていただいていることも事実だと思います。

 日本という国と、そのご家庭はいわば契約を結んでいるようなものだと考えてはどうでしょう。その働きを日本という国が必要としているからこそ、国がその家族に対して責任を負っているということだと思います。 

 国も宮家も、お互いに不可侵でそれぞれの仕事を遂行するという成熟した大人の関係を提案したいと思います。
# by stochinai | 2006-02-09 23:27 | つぶやき | Comments(6)

年度末進行

 明後日は修士論文発表会、月曜日は卒業研究ポスター発表会です。我が研究室にも修士修了生2名と卒業生2名(ともに予定 ^^;)がおりますので、尻に火がついたというよりはすでに尻が活火山状態かもしれません。本人達にとってはそれは大変なのでしょうが、私は直接にいろいろと手伝えるわけでもなく、できたものにケチをつけることくkらいしかできませんので、「待ち」が多くなる時でもあります。

 まあ泣いても笑っても、あと数日。終わった後の解放感をイメージしながら、なんとか乗り切るしかないです。投げ出しさえしなければ、一所懸命やったかどうかがなんとか伝わるもので、最終的にはその誠意が届くかどうかが、終わった時に解放感に浸れるか、敗北感に打ちひしがれるかの差になりそうな気がします。判断する側も、所詮は人間なのですから。

 さて、年度末進行は卒業生だけではなく、我々教職員にも容赦なく嵐のような仕事の増加を押しつけてくるわけですが、勤務時間内の仕事に関しては飽和してしまえばそれ以上は忙しくならないという「法則」があります。

 というのは、会議などはせいぜいが9時から6時頃までしか設定されませんので、今の時期のように毎日それがほぼ全部埋まってしまっていれば、新しい会議や公用が入ってきた場合には、先約を優先するか、それをキャンセルして新しい用件にその時間を渡すかの選択しかできません。同じ時間に別の会議にでるわけにはいきませんので、その場合はダブル・ブッキングであろうがトリプル・ブッキングであろうが忙しさは増加することがないというわけです。

 さらに良いことに、そういうふうにダブル、トリプルで用事が入った場合には、しばしば自分の好きな方を優先することができるのです。嫌いな会議の方には「すみません。その時間にかくかくの会議が入ってしまいました」というような口実で断ることができるのです。

 というわけで、勤務時間が会議などで飽和してしまった場合は、もうそれ以上苦しくはならないというわけです。

 ところが、それはあくまでも公用の勤務時間内での仕事に関してだけのことでして、大学などというところは(今の時期を除くと)むしろそういう仕事が少ない勤務先ということができます。今の時期のように、正規の勤務時間が会議などにとられてしまうと、研究や執筆活動、書類作りなどといった「自分一人で行う作業」に関しては、遅かれ早かれ自分がやらなければなりませんので、時間外の作業がどんどん増加してしまいます。

 もちろん、我々裁量労働制で契約している労働者に超過勤務などあろうはずもなく、大学であろうと自宅であろうと常に仕事を抱えているという状況が無限に続くように思われるのが、この時期でもあります。

 でもまあ、誰に命令されているわけでもなく、自由な時間に自由なスタイルで仕事ができる職場ですから、たとえ1日に14時間働いたとしても疲れ以外の余分なストレスをためずにすむのは救いですね。

 体力のあるうちはなんとかなります。
# by stochinai | 2006-02-08 23:49 | 大学・高等教育 | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai