5号館を出て

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一夜明けて

 昨日の朝からはじまったアクセスの急増は、夜中の谷(といっても、毎時100PVくらいは続いていました)をはさんで今日も続いていたのですが、夜になってようやく落ち着いてきたようです。

 まあ、アクセスが増加したからといって日常生活に影響があるわけでもなく、アクセス記録をチェックしさえしなければ、何事も起こっていないのと変わりはないのですが、やはり何だか訳のわからない疲労感を感じていたようで、アクセスが落ち着いてきた今、なんとなくホッとしております。
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 記念に1週間のアクセス記録のグラフを載せておきます。棒の一本一本が1時間のアクセス(PV)の数で、昨日・今日の異常値を除くと、高いところでもその平均値がだいたい100というところで推移しているのが、このサイトです。

 昨夜11時台の357に続いて、本日も1時間あたりのPV数が昼の12時台に366と記録を更新しています。それが細長く飛び出たところです。

 そう言えば、前にもアクセスが急増したというエントリーを書いたような記憶があるので探してみると、どうやらこれ(台風一過・静かな土曜日(アクセス爆増))ですね。この時は、眞鍋かをりさんがうちの研究室を訪問してくれ、撮影の合間にカエルの写真を携帯で撮って、お友達に送っていたというような話だったと思いますが、そのエントリーのアクセスがやっと1800PVです。

 忘れていましたが、その後にこの眞鍋記録を破り、このサイトの壁だった2000をあっさりと破って2155PVになったことを書いているのが「満員御礼」というエントリーです。この時は、小泉圧勝選挙のあとでちょっと落ち着いていたアクセスが、東大論文ねつ造事件問題に関するエントリー「ボスは論文ねつ造の共同責任者」に反応があったようです。

 考えてみると、その頃の一日のアクセスはだいたい500-600PVでした。それが今では、特に何があるわけでもない「つぶやき」を、毎日1000-1400PVという値で読んでいただけるようになったのですから、ありがたいことだということを改めて感じています。

 それにしても、1800や2100で大騒ぎしていたものが今回はいきなり3000から4000へも届こうという勢いには本当にびっくりしています。

 今回はおそらく複合的な理由があって、ひとつはもちろん数日前の金英男さんの記者会見と、もうひとつはそれとの関係で活性化されたはてなブックマークに、件の私のエントリーが多数登録されたということが理由だと思います。

 私ははてなブックマークというシステムをほとんど理解していないのですが、「踊る新聞屋ー。」さんが教えてくださったところには、確かに私の記事へのリンクと、そこへリンクしてくださっているたくさんの方のリスト(これが、はてなブックマークというものでしょうか)がずらりと並んでいました。こんなにたくさんのところからリンクが張られているのでしたら、3000や4000PVなど、すぐに達成されるであろうことは良~くわかりました。

 前のエントリーのコメント欄にも書いたように、ずいぶん昔に書いたものが発掘されるのはうれしいことではありますが、今回のものはいわゆる「ロングテールのスローアクセス」ではなく「休火山の噴火」のようなものに感じられますので、ちょっととまどっているというのが正直なところです。

 印刷物によるメディアではこのようなことは、おそらく決してあり得ないことのような気がしますが、今回のエピソードでまたひとつネットの新しい潜在能力を発見したような気分です。

 ネットの世界、まだまだ奥が深そうです。

 さてさて今日もまた最後に、夕日の写真を載せておきます。天気さえ良ければ、今の季節の北海道は毎日が夕日日和です。
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# by stochinai | 2006-07-03 22:00 | つぶやき | Comments(5)
 このサイトのアクセス(ページビューPV)は、平日(月曜~金曜)は1000~1400くらいが普通で、特に時事事件に関連したエントリーでも書いた時でもない限り、土日は1000以下で推移して穏やかな週末を過ごすことができております。

 昨日も土曜日としては想定の範囲内の910PVが記録されており、いつもなら今日もほぼ同じくらいのデータになると思っておりました。

 ところが、今日は日曜だというのに朝7時台からアクセスが順調に伸び続け、昼を越えるあたりからは毎時100PVを越えるようになりました。3時台・4時台はそれでも異常に多い200弱だったのですが、5時からは200を越え7時台に179PVとちょっとへこんだものの、10時台には306PVと今までに経験したことのない短期集中アクセスを受け、11時台には357PVという、計算するとなんと1秒(計算違ってますね。冷や汗)ではなく10秒に1クリック相当のアクセスになってしまいました。

 その結果、日曜日だというのに今まで経験したことのない3077PVが、あっさりと記録されてしまいました。

 これは、いったいどうしたことかと不思議だったのですが、忍者ツールズではどこのページが読まれているかの情報がわからないため、もうひとつ同時に導入しているアクセスアナライザーで見てみると、なんとこのページへのアクセスが津波の原因であることがわかりました。

 このページとは、昨年の5月14日のエントリー「政治に翻弄される科学者 (横田めぐみさん遺骨事件)」です。ひさびさにコメントもいただきましたが、コメントを寄せていただいた方以外の2000人くらいは、コメントもトラックバックも残さずに「静かに」読んでいらっしゃったということになります。ありがたいことですが、それもちょっと怖い気がします。

 この時期にこのエントリーへのアクセスが突然増加したのは、もちろん先日行われた拉致被害者である横田めぐみさんの「夫」とされる、これまた拉致被害者のはずの韓国人である金英男(キムヨンナム)さん(44)が29日午後に行った記者会見の内容が原因だと思います。東京新聞の報道によると、金さんは「めぐみさんが『うつ病になり、1994年4月13日に病院で自殺した』と述べ、日本側に渡しためぐみさんの『遺骨』は本物だと強調、日本を批判した」ということです。

 この報道で、「遺骨はめぐみさんのものではない」という日本政府の公式見解が揺らいだと感じた方が多かったのかもしれません。それが、津波アクセスにつながったのではないかと思います。

 北朝鮮や金英男さんの言うことに嘘が多いということは誰でもが感じることだと思いますが、それまで日本政府や韓国政府がDNA鑑定によって、金英男さんが横田めぐみさんの夫である可能性が高いと発表していたその本人が、韓国の親族と再会した上での記者会見ですから、その言葉の中に一片の真実はあるだろうと期待するのが普通ではないでしょうか。

 そういう意味では、多くの日本人の受け止め方がかなり揺らいできているような気もします。

 私も、もはやめぐみさんが亡くなっている可能性が高いと思っている一人です。もちろん、その考えが否定されてめぐみさんが生きて帰ってこられるならばそんなに嬉しいことはありませんが、希望的観測だけで「あの国」と交渉をしても得るものは少なさそうです。

 状況が動いたことは確かです。かくなる上は、日本側としてもそれに柔軟に対応しながら事態をできるだけ早く、しかも被害者およびその家族の利益になるような方策をどんどんと打ち出していただきたいというのが私の希望です。

 横田さんご夫妻の希望としては、もしも最悪の事態になっているのだとしたら報復をしたいと思っておられるかもしれませんし、そういう主張をなさる権利もあるとは思うのですが、「生きているはずのめぐみさんを奪還する」以外のことは考えないということでしたら、事態を動かすことはできない気もします。

 つらいところだと思いますが、ここはひとつ状況を打開するために耐え難きを耐えていただくことも選択肢のひとつにしていただけないものかと考えます。
# by stochinai | 2006-07-02 23:42 | つぶやき | Comments(4)
 もし、これが実話でなかったら、問題なく素直に感動できる良質な映画です。ラッセル・クロウもレネー・ゼルウィガーも私のお気に入りの俳優ですし、二人の演技も文句のつけようもない素晴らしいものでした。映画としては、かなり良くできていると断言できます。見て損はありません。

 古いところではロッキーがありますし、ミリオンダラー・ベイビーを見ていても感じたのですが、アメリカ人はほんとうにボクシングというスポーツが好きですね。個人プレーが好きな国民性というものがあるのかもしれません。アメリカで盛んな野球やアメリカンフットボール、バスケットボールという競技は、ちょっと考えるとチームプレースポーツのようにも思えますが、基本的にはどの競技も個人プレーを楽しむという傾向が強いものだと感じられます。

 まったくの孤独な闘いであるボクシングを強く愛する傾向というようなものが、アメリカという国の地下水脈なのかもしれません。個人競技ですから、勝ちさえすれば栄光を手にすることができ、いわゆる「アメリカン・ドリーム」に直結するスポーツの典型としてボクシングは最適です。

 「和を持って尊しとなす」という伝統のある日本では、アメリカンスポーツはちょっ合わないのではないかと、私は日頃思っているのですが、日米の経済・軍事関係が影響しているのかゴルフなどアメリカンスポーツが無理矢理はやらされているように見える今の日本の状況には、ちょっと無理があるのかもしれません。

 さて、この映画は1930年代の不況のどん底時代のアメリカの話ですが、今の日本の状況に重なるような不況と自己責任の嵐の中で、虐げられた人々がその生活のつらさを忘れるための大きなイベントとしてボクシングが描かれています。私のようなひねくれた観客は想定外なのでしょうが、これが実話だとしたらそれは実は壮大な謀略なのではないかというのが正直な第一印象です。

 そもそも古代ローマ時代でもあるまいに、その競技を行う中で合法的に殺人が起こってしまうなどという野蛮な競技が許されているということが不思議です。さらには、何人もの相手を殺した過去を持つチャンピオンというものが選手資格を剥奪されることもなく、逆に死亡事故を起こしたという過去が興行のプロモーションに使われるということ自体が信じられないくらい下品なことだと思います。そして、それが政府によって公認されているということは、死亡事故が起こってもボクシングという「スポーツ」を許すあるいは必要とする歪んだ政治体制が存在することを意味しているのではないかと思えるのです。

 さてストーリーに戻りますが、そもそも一回資格を剥奪された選手が復帰を許されるという事情が良くわかりません。さらに、映画に描かれていたことが事実どおりなのだとしたら、ボクシングができなくなって日雇いの荷役作業をやっていた人間が、たまたま依頼された前座試合で有力な相手に勝ってしまうなどということがあまりにも不思議です。

 さらに不思議なのは、その試合に勝ってしまうと、簡単に剥奪されていた資格が復活してしまうことや、その後に連戦連勝を続けて、ついにはチャンピオンになってしまうという文字通りのシンデレラストーリーが起きてしまうことです。映画では、話をおもしろくするためにそれほどハードな練習シーンが出てこかったのかもしれませんが、もしも映画で描かれていた程度の練習でチャンピオンへと復帰したということが事実なのだとしたら、うさんくさいものを感じるほうが素直ではないでしょうか。

 つまり、この映画は壮大な八百長の記録映画なのではないかというのが、私の感想なのです。そして、その八百長を仕掛けたのは興行屋たちよりもはるかに大きな力をもった人々、つまり当時の政府関係者がからんでいるのではないかというのが、ひねくれた私がこの映画を見て抱いた感想です。

 とんでもない不況の中で失業者の数が増える中で、社会不安が増大し、社会主義者の過激な動なども続発しつつある状況の中で、市民の目を社会問題からそらすためのしかけのひとつとしてシンデレラストーリーが仕掛けられたとしても、アメリカという国の政治体制を考えるとまったく不思議ではないと思います。

 9.11の旅客機の突入テロでさえも、アメリカ当局の謀略であるという説さえも出てくるような「言論の自由」が保障されている国のことですから、このシンデレラストーリーに関しても政府謀略説がきっとどこかでコメントされているに違いないと思っています。

 そういうところまで含めると、アメリカというのは悪い国なのか良い国なのかわからなくなってしまいます。
# by stochinai | 2006-07-01 23:55 | 趣味 | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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